トップセールス香りはミステリー(トップセールス)

小枝子は香水売り場のトップセールス店員である。
どちらかというと控えめな性格で口八丁というタイプにはほど遠い。
香料や香水に関する知識も決して豊富なわけではない。
しかし彼女が薦める香水は、100%お客様がもとめている香りであり、空振りに終ることはない。

他の店員がそうするように、ムエット(香りの試験紙)につけたサンプルを3点ほど提示する。
だが其の後はそれぞれの香りについて説明したり「いかかですか?」などと聞いたりすることもなく、自由にかいでもらう。
そしてややあって、ひとつのサンプルを示し、キッパリト客にいう
「お客様にはこの香りがもっともお似合いですよ!」
すると客は必ずうなずき「そうね、これがいいわね、これいただくわ」となる。
小枝子のやりかたは一つ、客が好む香りをすすめるだけである。
商品の特性に明るかったり、コーディネートのセンスがよかったりする店員は、えてして、自分の意見を客に押し付けがちである。
だが小枝子はけっしてそれはせず客の好みだけを尊重する。
スゴイのは、客がどれがいいかなと迷っているようなときでも一発で最も気に入っている香りを提案してはずさないことだ。
客が試しているのをそっとみているだけでどうして一番気に入っているものが分かるのだろうか。 
かいでいる時の表情などになにか観察ポイントでもあるのだろうか。
店長や他の店員がその秘密を尋ねても「まぐれですよ」と笑いながら答えるだけで取り合わない。

小枝子が結婚で店をやめることとなり売り場の送別会がひらかれた。
にぎやかな歓談がつづき、お開き近い時間だった。
小枝子と後輩の順子が連れだってトイレにたった。
先輩の小枝子を尊敬していた順子は、よく気の付く、陰-日なたのない素直な子で、小枝子も彼女をかわいがっていた。
「先輩、あしたから先輩がいなくなるなんて私ほんとうに寂しくなるわ。」 
「あら順子ちゃんそれは私も同じよ。」
「そうだ順子ちゃん、あなたにだけ香水お勧めの秘訣を教えてあげるわ」
「えっ、ほんとですか〜、うれしい! ありがとうございます。」
「とても簡単なことよ順子ちゃん。 ただお客様がトータルでどの香りを最も長くかいだかを見ていればいいの」
「そして其の香りをお勧めすればいいの」
客は好きな香りほど何回も嗅ぐ、つまり香りの好みに比例して嗅ぐ時間も長いというのである。

それからというもの、順子のすすめる香りが客の好みとすれちがうことはなくなった。
加えて商品知識が豊富な順子は、客が好む香りの良いところを強調しながら客の選択に自信をもたせることができた。
だから売り上げはこれまでNo.1だった小枝子を凌ぐ数字をたたきだし、店長や同僚をうならせた。
順子の突然の販売開眼にだれもがその秘密をしりたがった。
だが小枝子との約束どおりに「まぐれですよ」と答えて笑うだけだった。

その後順子は香水売り場からネクタイ売り場に異動したが小枝子から伝授された極意を使い、
ネクタイ売り場でもセールスランクのトップをはしっている。 

お客に数本のネクタイを提示し、お客が手にとって眺める時間が最も多いネクタイをお勧めすることで。


刺激接触時間と嗜好性

いくつかのサンプルがあり其の中でパネラーがどのサンプルの嗜好性が高いかを知りたければどうするか。 
アンケート方式でそれを尋ねるのがもっともポピュラーな方法ではある。 
だが、アンケート方式は質問項目次第では、パネラーに余計なバイアスを与えることがあり、真実をさぐれないことも少なくない。 
しかし刺激接触時間をはかれば嗜好性を尋ねる必要はない。 間違いなく刺激接触時間が長いほど嗜好性が高いといえる。
筆者はこの研究論文を大阪で開催された日本化粧品技術者会の大会で発表している。