雑記 − 私の周りの何やかんや (4/3/98)
初めての技術通訳「あなたの言葉がわからない」
「技術通訳をお願いします」
私が登録しているとあるエージェントの依頼により、
98年2月から3月にかけての6週間ほど、中国人技術者の研修通訳をやることで話が決まった。日本のとある自動車部品メーカーの、中国現地法人の技術者が来日して、その親会社で研修するのだという。それまでも工業用マニュアルの翻訳の機会はあったものの、それでも純文系の私がテクニカルな内容の通訳をやるとなれば、やっと手すりにつかまらずに氷上を歩けるようになった人間に、「ミッシェル・クワンのように優雅に舞え」と言うのに等しい。準備必須だ。とにかくは通訳に必要な資料を入手せねば!
エージェントに電話しよっと。「自力更生」による準備
「クライアントの研修担当の方に聞いてみましたが、『行き当たりばったりですから資料なんてないんですよ』ということなんです」
これが、エージェントの回答だった。私は経験的に、このエージェントのこの担当者にあれこれ行っても埒があかないことを知っていたので(同業の方なら、この文で私が何を言いたいのか推察いただけるであろう)、自力更生で準備をすることに決めた。
クライアントから直接入手できたのは、中国人研修者
5名のラフなスケジュールだけ。「研修」とはいえ、講師が彼らにレクチャーする時間よりは、彼らが生産現場で調査をする時間の方が長いようであった。ただし、何を製造しているラインなのかは、ラインがアルファベットを含む略語的記載になっているので、不明だった。とはいえ、クライアントの企業が何のメーカーで、中国との合弁プロジェクトで何を手がけているのか、おおよそのところは個人的な知識によって知っていたので、それを頼りに準備を進めた。インターネットでそのメーカーのホームページにアクセスし、製品名、技術用語らしいのを拾い出し、関連のありそうな書籍に目を通して、単語帳を作った。
いざ出陣
仕事は成田での出迎えから始まった。到着を待つ間、クライアント側から出迎え要員として見えた方に、どんな製品に関する研修なのか聞き出そうとしたのだが、その人は基本的には違う業務の担当らしく、詳細は分からないとのことだった。が、一つだけわかった重要な点は、中国の現地法人が製造しているのは、同社の主力製品に組み込まれている、特定の1部品のみということであった。部品の名はノズル。
これには虚を衝かれた思いであった。私が下調べしておいたのは、クライアントの主力製品の完成品に関してだけだったからだ。一口にノズルと言っても、製品によって形状も性能も全く違う。予備知識は、当然、ない。かくしてその先
6週間、ノズルとの悪戦苦闘が始まることになった。日本側の説明の日本語がわからない!
中国人技術者が現場に入って調査をすれば、当然疑問点が出てくる。私の主な仕事は、彼らの出した質問を日本語に訳し、日本側(主として工場の現場責任者)の回答を中国語にするというものであった。
質問の内容は、ノズルの生産技術に関する細かく専門性が高いものである。したがって、この質疑応答、始まったばかりの頃は困難を極めた。私自身、ほんの駆け出しで中国語の実力には限界があり、背景の知識はゼロに等しい。しかも、来日した技術者は江南地方の人で、「
zhi, chi, shi」の発音が「zi, ci, si」に変化するため、これに耳が慣れるまでも一定の時間が必要だった。そして、日本側の説明を聞いても、ところどころが「听不
[心董]dong3 (わからない)」なのである。「あのー、『インデックスする』ってのは、目次をつけるってことじゃないんですか」、「『ろう付け』って、ロウソクのロウは使わないんでしょうか」、「えー、『バリ』、『ビレ』、『ガタ』ってのは何でしょう?」などと、とんちんかんな質問を連発しないわけには行かなかった。とはいえ、日中双方とも、技術のことがさっぱりわからない通訳を責めたりせず、私にもわかるように易しい言葉づかいを心がけてくださった。おかげで、次第に私の方も慣れていって、上っ面だけの訳(背景に関する知識はすっとばして、用語だけをとりあえず置き換える訳)はできるようになった。それでも、現物、図、数式、化学記号、ジェスチュアなどが、双方のコミュニケーションにきわめて重要な役割を果たしたことは間違いなかった。
反省と教訓
こうして、どうにかこうにか
6週間の日程を終えたのだが、全日程の平均を自己採点すると、50, 60点がせいぜいではないかと思う。達成感や充実感よりは、反省や苦々しい思いの方が強い。技術の素人が、とにかくは自分なりのベストを尽くして(中国人研修者の熱意と勤勉さに見習ったまでだ。彼らの姿勢には実に敬服させられた。)、少なくともクライアントからクレームが出ない程度まではやったのだから、と自分を労うこともできなくはないが、技術に強い通訳の方に比べれば自分の仕事はお粗末に違いないからだ。そして、さらに反省すべきは、事前準備のやり方だった。やはり自力更生的な準備には限界があることを悟った。次回(がもしあれば、の話だが)からは、もう少し頭をひねってエージェントに働いてもらおうと思っている。「資料くれ」を単に連呼するのではなく、自分が知りたい具体的な質問を列挙した文書を用意し、エージェントまたはクライアントに回答させる形をとろうと思う。
(完)YAKO, Kimie(C)1999