映画「出口のない海」(並木が最後に語ったセリフ)について


以下、全国回天会会長、小灘利春様(2006年9月23日御逝去)より頂いた、同映画協力(並木が最後に語ったセリフ)に関するメールです。



日時 2005年11月10日 23:44

件名: Re:中富さま

お元気ですか。 当方パソコンがプロバイダー切り替えのため一時期送受信不能となっていましたが、結局元通りにこのほど復旧しました。

「出口のない海」の映画制作については、回天会として脚本検討の段階では「同じ作るなら恥ずかしくないものを」との考えで、これまで全面的に協力してきました。
しかしながら、脚本の末尾に近い、この映画のテーマとなる重要な部分で、「俺は回天という悲しい兵器が存在したことを後世に伝えるために死ぬ」との言葉が入っています。搭乗員はそれぞれに「自分は何のために死ぬか」を考えぬいた末、自分が納得するはっきりとした結論を?んで、心安らかに出撃しております。

とんでもない言葉であって、こんな自暴自棄な考えで特攻に出た回天搭乗員はおりません。
この言葉を修正するようわれわれは何度か要請しましたが、無視されております。

このような事実を歪曲する映画に協力したとあっては、われわれとして戦没者に申し訳ないので「全国回天会もしくは回天会の名を一切使わないよう」これから松竹に申し入れることを決めました。この点お含みおきください。
追ってこの件御連絡します。
当方、11月13日の大津島での追悼式に参加してきます。

                                 小灘



日時 2005年11月24日 21:03

件名: Re:ファイルの件

メール拝見。当方も送信した後でチェックしましたら、画像が小さくなっており、その点もマイナスであったと思います。
何れにせよ、今回は従来どおりの郵送にします。

12月初発売の「丸」18年1月号は轟隊伊165潜と多聞隊伊367潜、伊366潜、伊363潜の戦記が掲載されます。
多聞隊の伊53潜と伊58潜が最も興味深い内容となりましょう。

見られたというテレビ番組はやはりかなりの反響があったと聞きます。*
映画「出口のない海」については先日、大津島でプロデユーサーに会い「悲しい兵器」なる結論を修正するよう強硬に申し入れたのですが、承知しませんでした。
我々としては、このような回天否定の結論では戦没者に対して申し訳も立たず、到底同調することは出来ませんので、映画制作に協力はしますが、抗議を続けます。

                              小灘

* NHKアーカイブス ある人生「回天の遺書」(2005.11.06放送)



日時 2005年12月2日 21:19


件名: Re:ファイルの件(2)

先に御連絡した資料を昨日郵送しました。手紙は入れておりませんが、宜しく処理下さい。
同封の松竹宛ての文書は、さきに大津島で話し合ったプロデュサーの野地氏に申し送ったものですが、別のルートでも要請しております。しかし、多分簡単には通じないでしょう。
良い作品になるよう願って、支援しているのですが、この趣旨だけは修正して貰わねば戦没者に申し訳が立たないと考えます。この件は含んで頂くだけで結構です。

                                 小灘



以上

(最終的には、監督がこの台詞の変更に応じる考えがないので、プロデューサーとしてはこれ以上どうすることも出来ません、ということで抗議は受け入れられませんでした。)






一関係者としては、回天の史実を世に知らせる映画を作っていただいたこと、そして、そのために多くの方々が、誠意をもって、この映画に取り組んでくださったことに、深く感謝しております。回天記念館への訪問者も増え、経済効果も大きなものがあったと思われ、それが第一であるとも考えております。

一方で、回天会は事実をしっかりと伝えてもらえるようにと(後世に伝えるよい映画になるようにと)、最初は全面的に、最後まで協力をしました。また事実と違う、このことだけは修正して欲しい、という歪曲した部分の変更についても、最後まで抗議をし続けました。が、それは受け入れられず、映画は完成され、公開されました。

内容は良い部分もあると思われ、次のステップにつながるものを作っていただいた、とも思っておりますが、以上は、関係者としてどうしても周知しておかなければならないこの映画の側面であり、上メールを公開することにより、誠意を持ってこの映画にかかわって下さった方々に被害が及ばぬよう、そのことだけを念じております。


*尚、この件については、下記書籍ですでに要点が述べられています。

『特攻 最後の証言』