REQUIEM...





弟様の思いを汲んで片山さんが完成された回天の著書。ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。

自分は、「目に見えない力」・・それは「波動」という言葉にも置き換えられると思うのですが、そういう力はあると思っています。人の命はやがて尽きても、心は魂となって、この世に残る。

「回天」は日本が体感した極限の史実であるぶん、そこには人間の(博愛、誇り、諦観、名誉欲、自責、情念、怨念・・)、様々な感情を内包した魂が、宿っているのだと思います。

『回天―菊水の流れを慕う若者たち』 片山利子著 /展転社

2012年9月発売





 今日は祭日(海の日)、そして靖国神社・みたままつりの最終日ということで、仕事帰りにどんな様子かと、フラリと寄ってきました。

 もう夜の9時過ぎでしたが、最寄り駅の九段下から境内まで、「若い人たちでびっしり埋め尽くされている」という感じで、正直これほど賑やかなのにびっくりしました。

 嬉しいこと、誇らしいことであり、このようにして日本の歴史が語られ、受け継がれていってこそ、日本を支えた先人の魂が血となり肉となっていくのだ、と思えます。

 また、若い人たちの容姿の良さ、・・可愛らしさカッコ良さにも驚き、日本もここまで変わったか、という感が非常に強く沸いてきました。

 きっとこのお祭りの意味をどこかで汲み取り、仲間同士でふざけあう中にも、お互い「凛」としたものを、内側から出している風情があったように思いました。

逆境(負)を経験してこそ本物の力。ガンバレ、日本の若者!

第六十六回靖国神社・みたままつり(高解像度画像)

 
(2012年7月16日ブログ投稿記事より)






米軍と壮絶な戦いが繰り広げられたソロモン諸島・・

 ここ数日、ガダルカナル島の戦いなど、辛酸を極めたソロモン諸島の戦いについて、漠然とではあるけれど考えている。

 こういった史実は直視したくない、というのが偽らざる、正直なところ。ただ、自分で言えば、身内(第一回天隊隊長・河合不死男)が特攻戦死した家の当事者として、何か他の普通の人とはまったく違う(中心から極端に外れた)視点でモノを見る習癖が子供の頃からあって、そのため相当大変な思いもしたのだけれど、それがあるときから大きな力に変っていったことがあった・・、そんな経験をした。

 その意味で、ソロモン諸島も、これから大きな何かが生まれる潜在性があるのではないか、という気がしはじめている。そしてそれは、「凄惨な戦いであった、だから二度と戦争はしません」的な言葉で語り伝えようとすると、却って真実から外れ、人間のエゴの部分を招きいれるだけで、真の力にはつながっていかない気がする。

 大事なのは、兵士一人一人、まだまだもっと生きたくて、愛する妻や子供、恋人がいた兵士もいれば、まっとうな兵士だけでなく、女狂いの兵士、家族といがみ合っていた兵士、同性愛、お調子者、嫌われ者、欲の突っ張った者、権力志向、いろいろな兵士がいたはずで、それは、今我々が生きている、人間の縮図でもあったはず。

 だから、何を考えていくかというと、その人間の縮図、つまりいろいろな個性があり、価値観があり、境遇があり、立場があり、それらが複雑に入り混じりながらさまざまな事が起こる人間の姿、社会というものを、それが壮絶な死に方をした2万人分の命の重みでもって考えていく・・、そうしたときに、それはただ「反戦」という心の上っ面にしか届くものではない、人間の、明も暗も鷲づかみに捉えた、根源的な、普遍的な何かを解き明かしていくのではないか。そこから、真に人間に必要な力を生み出していく可能性が生まれてくるんじゃないか――。

 まだまとまりのないものだけど、方向としては、見えてきた気がする。

 戦争で亡くなったからといって、「反戦」という言葉で語ってはダメ。それで語れば必ずエゴになる。すべては「人間」という言葉で、それらを考えていくべきであると思います。

日本・ソロモン友好協会

(2012年6月2日ブログ投稿記事より)