星の王子さま



原作:『星の王子さま』 サン=テクジュペリ 作 池澤夏樹 訳 発行:集英社

音楽:『ずっと・・・』 押尾コータローのインディーズCD 『LOVE STRINGS』より



                          T


扉絵〜プロローグ
『 世界一の親友、レオン・ウェルトに

この本を、ぼくは1人の大人に捧げたいと、子供たちにどうかお願いする。
大事な理由があるのだ。
まず第一に、その大人はぼくにとって、世界一の親友だから。
第二に、その大人は子供のための本でも、ちゃんとわかる人だから。
第三に、その大人は寒さと飢えのフランスに住んで、慰めを必要としているから。
これだけの理由を挙げて、もし子供たちが許してくれないのなら、ぼくはやがて大人になるはずの、子供時代の彼に捧げることにする。
大人は誰でも、かつては子供だった。(そのことを覚えている大人は少ないけれど・・)
だから、ぼくはこの献辞をこう書き換えよう。

「子供だった頃の、レオン・ウェルトに」 』


『ほんとうの物語』という本の中の、ボアが動物を飲み込む絵
N「6歳のとき、ぼくはすばらしい絵に出会った。それは、『ほんとうの物語』という本の中で、ボアという大きなヘビが動物を飲み込もうとしている絵だった。これがその絵の写しだ。
本にはこう書いてあった。『ボアは獲物をぜんぜん噛まずに丸呑みにする。そのあとは動けなくなって、消化が済むまで6ヶ月の間ずっと眠っている』・・」

帽子のシルエットのような絵
N「ぼくはジャングルの冒険についていろんなことを考え、色鉛筆で初めて絵を描きあげた。その記念すべき第1号はこんな風だった・・」

大人に説明する、そのシルエット
N「ぼくはこの傑作を大人たちに見せて「どう、恐いでしょ?」と自信満々に聞いた。相手は、「どうして帽子が恐いんだい?」と聞いた。この絵は帽子じゃない。ボアがゾウを消化している絵だ!」

その内側をかいた絵
N「それで今度はこんなふうな第2号を描いた。大人たちは、ボアの絵を描くのは外側も内側もぜんぶやめて、地理と歴史と算数と文法をしっかり勉強しなさい、といった。大人というのは何もわかっていないから、いつもいろいろ説明しなければならなくなって、うんざりしてしまう。そういうわけで、その時以来、ぼくは偉大な芸術家になる道をあきらめた」

地球儀の上を飛ぶ飛行機
N「それからぼくは別の仕事を選ぶことにして、飛行機のパイロットになった。世界のあちらこちらを飛び回る。実際、地理の勉強は役に立った。ぼくはひと目見ただけで中国とアリゾナを見分けることが出来る。夜、困った時など、とても助かった」

大人たちの集まる重要なパーティー
N「そうやって暮らしていく中で、ぼくはたくさんの重要人物に会うことになった。それで、この人は聡明かな?という相手に会ったとき、ぼくはいつも持ち歩いていた幼い頃の作品第1号を見せることにしていた。本当に思いの通じる人に会いたかったのだ。でも、答えはいつも同じだった。『これは帽子ですね』」

夕方、飛行機が煙をあげて砂漠に落ちていく
N「そうなるとぼくはボアのことや原始林のことや、星のことなんか話す気になれない。ぼくは相手に合わせて、ブリッジの話やゴルフのこと、政治やネクタイの話をした。すると大人は、きみは話のわかる奴だといって喜ぶのだ。・・大人とは、結局そういう生き物のようだ」

星の輝く夜空
N「そう。これは6年前、サハラ砂漠で飛行機のエンジンが故障して、ぼくが生死をさまよっていたときのこと・・」

流れ星がひとつ、落ちる

それを砂漠に寝そべって見上げている飛行兵
飛行兵「あ。流れ星が、落ちた・・」

砂漠
雄大な砂漠の中にぽつんとある、故障した飛行機。

その故障した飛行機
横で飛行兵が空を見上げている。

飛行兵
その顔はやつれ、口は乾き、かなり疲労していることがひと目でわかる。
飛行兵「ああ水・・。水が、飲みたい。。」
乾ききったその口。
手に持った水筒。
飛行兵「・・もうダメか」
とそのとき、すぐ隣から少年の声が聞こえる。
「すみません」
飛行兵「(目をはっと見開き)ん?」
少年「すみません、ひつじの絵を描いて」
飛行兵、驚いて声の方の少年を見る。
可愛い少年「お願い、ひつじの絵を描いて」
飛行兵、驚愕して、

砂漠
「うあーーーーーーーっ!!」
飛行兵の驚きの叫びが誰もいない砂漠の中で響きわたる。

戻って
少年、不思議そうに飛行兵を見ている。
飛行兵「(も不思議そうに)きみは、だれだい?」
少年「ぼく?ぼくは、ぼくだよ。そんなことより、お願い、ひつじの絵を描いて」
飛行兵「(目を丸くして少年をしげしげと見る)」
少年「あなたのその胸のポケットの、スケッチ帳と鉛筆で」
飛行兵、胸のポケットからはみでたスケッチ帳と鉛筆を手でおさえ、
飛行兵「(驚愕の表情のまま)・・。ところできみは、どこからきたの?」
少年「ぼく?ぼくは、(夜空をさがして)ほら、あの星さ、ほんの少しだけ光っている」
飛行兵、少年の指差した方を見上げ、
少年「わかる?」
飛行兵「・・ああ、そうか。わかった」
少年「どうしたの?」
飛行兵「ぼくは、死んだんだ」
少年、きょとんとしている。
飛行兵「きみは、それでぼくを迎えにきたの?」
少年「どういうこと?」
飛行兵「だから、ぼくをこれから天国へ・・、いや、もしかして(きゅうに顔があおざめる)」
少年「ぼくは、いろんな星を旅してきて、それでここにきたの。そんなことより、お願い、早くひつじの絵を描いて」
飛行兵、少年の顔をまじまじと見て、
N「人はあまりに大きな謎に出会うと、それ以上そのことについては考えることを避けてしまうもののようだ・・」
飛行兵「それはだめだ」
少年「どうして?」
飛行兵「ぼくは、もう子供の頃に絵を描くことをあきらめたんだ。だからこのスケッチ帳は、いってみれば仕事のためのスケジュール帳さ」
少年「あなたは子供のころ、画家になりたかったの?」
飛行兵「・・そう。でも大人は僕の描いた絵をちっともわかってくれなかったんで、それで画家になることをあきらめたんだ」
少年「・・(泣き出しそうな顔になる)」
飛行兵、そんな少年を見て、
飛行兵「そんな顔をしないでおくれよ。これは本当のことなんだから」
泣き顔の少年。
飛行兵「ならきみは、これが何の絵かわかるかい?」
と、帽子のシルエットのような稚拙な絵をかく。
少年「これは、・・大きなヘビが獲物をまるのみにした絵でしょ?」
飛行兵、一瞬少年を見て、
飛行兵「帽子・・」
少年「ううん、ちがうよ、これはヘビが獲物をのみこんだ絵だよ!」
飛行兵、目を見開き、輝かせ、
飛行兵「そう!これはまさにボアという伝説の大きなヘビが獲物をまるのみしたときの絵さ!ぼくは子供のとき、自信満々でこの絵を描いて、大人たちに見せたんだ。そしたら大人は誰一人、例外なく帽子と答えた。ぼくは憤慨していったよ。これが帽子に見える?これはボアが獲物を飲み込んだ絵だよ!そしたら大人たちは例外なくまたこういった。もう絵を描くのをやめて、地理と算数と歴史と文法を勉強しなさい。・・それでぼくは、画家になることをあきらめた。けっきょく大人は、何もわかっちゃいやしなかったんだ!」
少年、飛行兵の勢いに、泣き顔と驚いた表情をあわせた顔で聞いている。
飛行兵、少年に握手をもとめて、
飛行兵「(うれしくなって)きみとは友だちになれそうだ!」
少年「なら、ひつじの絵を描いてくれるの?」
飛行兵「ああ、描くとも!どんなひつじがいい?でも描けるかな。なんてったって、30年ぶりに描く絵だから」

身を起こし、故障した飛行機によりかかりながら絵を描いている飛行兵
N「ぼくはこの少年がなぜここにいるのかということはとりあえず忘れて、とにかく絵を描きつづけた・・」
少年がそのスケッチ帳をのぞいている。

スケッチ帳の弱々しく立っているひつじ
「・・だめだよ、このひつじは病気みたいだ」
「うーん、うまく描けなかっただけだよ」

角のような「モノ」がはえたひつじ
「わかった、これは雄ひつじだね。だって角があるもの・・」
「ありがとう、きみはやさしいね。でもこれは耳なんだ」

年老いたひつじ
「これは老いたひつじだよ。これじゃすぐ死んじゃうよ!」
「きみ、絵はトシをとらないんだよ」

故障した飛行機
飛行兵、ついに辟易して、
飛行兵「いったいどんなひつじが欲しいんだい?ぼくは早くエンジンを直して国に帰りたいんだ」
少年「ぼくの星につれて帰るひつじだよ。ぼくの星はすごく小さいから、草をたくさんたべるひつじだと困るんだ。それに・・」

小さな穴のあいたひつじの箱
その絵を描く飛行兵。
飛行兵「じゃあこれでどうだい?これはひつじの箱。この中に、きみのひつじが入っているよ」
少年、それをまじまじと見入って、
少年「(うれしそうに)そう!ぼくが欲しいと思っていたのはこんなのだよ!でもひつじの餌はだいじょうぶかな?」
飛行兵、訝しがりながらもとぼけて、
飛行兵「ああ大丈夫さ、このなかにぜーんぶ入れておいたから」
少年「ほんとだ、ありがとう!いま見えたよ!」
飛行兵「・・(唖然とその少年を見る)」

星空
N「とにかく、こうしてぼくは、とおい星からやってきたというこの少年と、友だちになった・・」

砂漠
飛行兵「ところできみは、遠い星からきたといったけど」
少年、故障した飛行機を指差し、
少年「ねえ、このモノ、いったいなに?」
飛行兵「(はぐらかされたように)はあ?」
少年「ねえ、このモノ、いったいなんなの?」
飛行兵「モノじゃないよ。これは飛ぶんだ。飛行機という乗り物だよ」
少年「そうか!じゃきみは空から落ちてここにきたの?」
飛行兵「・・。(すこし自信をこめて)そうだ」
少年「フフ!アハハハハ!」
少年、おかしそうに笑い出す。
飛行兵「(むっとなって)死ぬところだったんだ!」
少年「?だって、きみも宇宙からきたんでしょう?」
飛行兵「・・あのね、この飛行機は宇宙までは行けないように出来ているんだ。宇宙に飛び出したらとんでもないことになるからね。それにきみは今、ぼくのことをきみきみっていったけど、ぼくはきみよりもうんと年上なんだ。もっと呼び方を考えたらどうだい?」
少年「・・呼び方?」
飛行兵「(大きく頷き)たとえばあなたとか。そう、ぼくはきみにはあなたって呼んで欲しい」
少年、そんな飛行兵を見ると押し黙って、
少年「・・・」
飛行兵「どうした?」
少年、ポケットからさきほどのひつじの箱の絵をとりだし、大事そうに指でなぞる。
飛行兵「・・。(少し心配になって)ねえ、きみはどこから来たの?さっき小さな星っていってたけど・・」
少年、しばらく黙って考えてから、
少年「この箱がいいのはね、夜はそののままひつじの家になるってところだよ」
飛行兵「・・。それはそうだ。いい子にしてたら、昼間ひつじをつないでおく紐をあげるよ。それから紐を結ぶ杭もね」
少年「ひつじをつなぐ?」
飛行兵「つないでおかなかったら、どんどん歩いていって、いなくなっちゃうだろう?」
少年、またくすくすとおかしそうに笑い出し、
少年「どこへ行くの?」
飛行兵「どこって、ずっとまっすぐ歩いていったら、いなくなっちゃうだろう?」
少年「別にかまわないよ。だってぼくの星はとっても小さいんだから。まっすぐ行ったって、すぐにもどってくるよ」
飛行兵、しばし沈黙。
そのあと驚愕の表情となって、
飛行兵「どのくらいの、星?」
少年、飛行機を見て、
少年「そうだね。きみ・・、あなたの乗ってきた、あの乗り物よりすこし大きいくらい」
飛行兵「(愕然と)・・!」

星空〜宇宙
N「ぼくははけっして博学というわけではないけれども、宇宙には地球や木星、火星、金星といった名前のある大きな惑星の他にも、何百という大きな惑星があって、なかには望遠鏡で見るのもむつかしいほど小さなものもあるということを知っている。たとえば「小惑星・325」というふうに・・」

小惑星・B612(キャラメル星)
N「B612。・・そう、わたしには、王子さまが来た星がB612という小惑星であると信じるちゃんとした理由がある!」

星を見るパジャマ姿の天文学者
N「この星は1909年に一度だけ、ある国の天文学者によって望遠鏡で観測された」

国際会議で発表する天文学者
N「その天文学者は国際天文学会で、自分の発見について堂々と発表した。でもその時は、彼が着ている服が服だったので(起きている時も寝る時もどこかに出かける時も、ずっとこの服しか着なかったそうだ!)、信じてもらえなかった」

恐ろしい独裁者
N「やがてその国に恐ろしい独裁者があらわれ、ヨーロッパ風の服を着ない者は死刑にするという法律を作ったのは、この天文学者にとっても、小惑星・B612にとっても幸運だった」

しっかりした身なりの天文学者
N「天文学者は1920年に、今度はもっと洗練された立派な服を着て(もちろん、この学者は寝るときもこの服を着ていた)発表をくりかえすと、今度はみんなが彼のいうことを信じはじめた。大人とはそんなものだ。大人を相手にするときは、子供は寛大でなくいはならない・・」

飛行兵と王子さま
飛行兵「ところで、きみはいくつ?」
少年「?(飛行兵を見る)」
飛行兵「(そう見られると少しテレて)兄弟はいるの?」
少年「(不思議そうに)どうしてそんなこと聞くの?」
飛行兵「あ・・いや。そう、どんな遊びがすきなのかな?」
少年「(壊れた羽の上に座って足をプラプラさせながらおかしそうに笑って)あなたはおかしなことばかり聞きがるんだね!」

そのチャーミングな笑顔
N「実際、この少年はよく笑って、笑顔もとってもチャーミングだった。ぼくは次第に心を惹かれて、やってきた星のことや、これまで経験してきたことを、いろいろと知りたくなっていった。なぜって、ぼくにはもうすっかり見えなくなっていた箱の中のひつじが、この星の王子さまにはちゃんと見えているのだから」

夜の砂漠
N「そう、小さくても遠い星からやってきたんだから、この少年は、星の王子さまだ!」

昼の砂漠
飛行兵が汗を流しながら壊れたエンジンの修理をしている。
横に汗ひとつかいていない王子さま。
飛行兵「いいねえ、きみは。のどが渇かなくて」
N「それから1日ごとに、ぼくは王子さまの星のことや、そこを出てきた事情、それに彼の旅のこと、考えていることを知るようになった。そしてぼくは3日目、バオバブの木をめぐる騒ぎのことを知った」
王子さま、何か思いつめた様子で飛行兵を見つめている。
N「このときもひつじのおかげだった。王子さまは、唐突にぼくに聞いたのだ。それも、さも心配そうに・・」
王子さま「ねえ、ひつじが小さな木も食べるって本当?」
飛行兵「(ボルトをまわしながら)ああ、本当だよ」
王子さま「(うれしそうに)ああ、よかった!」
飛行兵「(汗をぬぐいながら、けげんに。こちらはのどが渇いて苦しい)なぜだい?」
王子さま「(つづけて)なら、バオバブの木も食べるんだね?」
飛行兵「・・。あのねえ、バオバブは小さな木じゃなんだよ。教会みたいに大きな木だし、ゾウの一群を連れてきたって、ゾウたちは一本のバオバブも食べきれないの」
王子さま、けらけらと笑い、
王子さま「ゾウを積み重ねなくっちゃね!」
飛行兵の頭に一瞬そのイメージが沸くが・・
飛行兵「(汗をぬぐいながら限りなく真剣に)冗談じゃない。こっちはあと5日の命なんだ・・」
王子さま「バオバブだって、大きくなる前は小さいんだよ!」
飛行兵「・・。それはそうだ」
王子さま、にっこり笑っている。
飛行兵「(手を休め)でもどうしてひつじに小さいバオバブを食べて欲しいんだい?」
目を合わせる二人。しばし沈黙。
王子さま、ダッと駆けていって振りかえり、またうれしそうににっこり笑って、
王子さま「あなたがぼくの本当の友達になったら教えてあげるよ!」
飛行兵、そんな王子さまを見るとついフフッと笑いがもれる。

壊れた飛行機の上で満点の星空を見ている二人
N「王子さまの住む星には、どうやら他の惑星と同じように、よい草と悪い草があるようだった。でも種は目に見えない。」

自分の星でまだ小さな悪い木を掘り出す王子さま
N「種は土のなかで眠っていて、目を覚ますと無邪気に太陽に向かって伸びはじめる。カブやバラの茎だったら伸びるままに放っておいてもいい。でももし悪い植物だったら、それとわかったとたんにすぐ抜いてしまわなければ大変なことになる。そう、王子さまの住んでいる惑星には、恐ろしく悪い木、すなわちバオバブの種があったのだ。そして手遅れになると・・」

バオバブが覆い尽くした崩壊寸前の小惑星
N「これは王子さまが知っている、怠け者が住んでいた惑星だそうだ。先延ばしは、破滅につながってしまう!」

砂漠の二人
王子さま「朝、自分の顔を洗って着替えを済ませたら、すぐに惑星ぜんたいの手入れをするんだ。気をつけてバオバブはぜんぶ抜かなくちゃいけないんだけど、はじめのうちはバラとバオバブはとてもよく似ているからね。だから区別がつくようになってから抜くの。手間はかかるけど、別にむつかしいことじゃないよ」
飛行兵「(たのしそうに星空をながめ)ふーん、そうか」
N「王子さまは、そのあと地球の子供たちにもこの危険性についてぜひ知らせておくべきだとぼくに伝えた。そう、子供たちよ、いつか小惑星に行くことがあったら、バオバブの木だけにはご用心!」
王子さま、星空を見ている瞳がいくぶん悲しそう・・。
飛行兵「(そんな王子さまを見て)・・」

砂漠に沈む夕日を眺める王子さま
王子さま「・・(黙って淋しそうに見つめている)」
飛行兵、ボルトを回しながら、
飛行兵「どうしたの?」
王子さま「・・。あなたは、まだぼくの本当の友だちじゃないから教えてあげない」
飛行兵「(汗をぬぐいながら)・・・」

小惑星で沈む太陽を眺める王子さま
N「そう、小さな星の王子さま。ぼくは少しずつ、きみの憂いに満ちた小さな星での生活を理解していったよ。長いあいだ、きみは夕日を眺めるという喜びだけを心の慰めにしてきたんだね。4日目の朝、きみがこういったとき、ぼくはこの新しい秘密を知った」

朝の砂漠
王子さま「ぼくは日が沈むのが好きなんだ。これから夕日を見にいこうよ」
エンジンを修理し始めている飛行兵、
飛行兵「でも、待たなくっちゃ」
王子さま「待つってなにを?」
飛行兵「日が沈むのをさ」
N「はじめきみはわざとびっくりしたみたいにおどけて、それから一人で淋しそうに笑ってぼくにいった」
王子さま「ぼくの惑星では、いつでも夕日が見られるんだよ」
飛行兵「・・・」
N「きみの小さな星では、何歩か椅子を運ぶだけでいつでも夕日がみられるんだね。だから・・」
王子さま「一度なんかね、ぼくは44回、日が沈むのを見たよ」
N「そういってから、きみはこう付け加えた」
王子さま「ほら、淋しいときほど夕日を見たいって思うものでしょう?」
飛行兵「・・(そんな王子さまを見ている)」

沈む太陽を見つめている王子さま
N「その44回目の夕日のときは、きみはそんなに淋しかったの?と、そのあとぼくは尋ねた。王子さまは黙って何もぼくに返事をしなかった・・」

壊れた飛行機
ハンマーでボルトをまわしている飛行兵。
N「そして5日目、いつものようにひつじのおかげで、ぼくはついに王子さまの生活の大切な秘密を知った・・」
王子さま、その飛行兵に、
王子さま「(心配そうに)小さな木を食べるとしたら、ひつじは花も食べるかな?」
飛行兵「ひつじは見つけたものは何でも食べるよ」
王子さま「トゲのある花だったら?」
飛行兵「トゲのある花だって食べちゃうさ」
王子さま「・・じゃあ何のためにトゲはあるの?」
飛行兵「(汗を拭いながら)そんなことはぼくにはわからない」
王子さま「ねえ、トゲはいったい何のためにあるの?」
飛行兵「トゲは何の役にもたたない」
王子さま「(驚いて)・・ええ?」
飛行兵「(暑さでぼんやりして)花はただいじわるをしたいだけさ」
王子さま「・・・」
しばらく沈黙ののち憤然となって、
王子さま「そんなこと、信じられないよ!花は弱いんだ。花はなんにも知らない。でも、できるだけ自分は大丈夫って思っていたいんだ!トゲがあればみんなが恐がると思っているんだ!」
飛行兵「・・(驚いて王子さまを見る)」
王子さま「きみは本当にそう考えているの?花が・・」
飛行兵「(我に返って)ちがう、ちがう。ぼくは何も考えていないよ。ほら、とても重要なことで頭がいっぱいだからね(といって壊れたエンジンを指差す)」
王子さま「(憤激して)とても重要なこと?きみには、それが一番重要なこと?」
飛行兵「・・(驚いて)」
王子さま「きみって本当に、まるで大人みたいな話し方をする!」
飛行兵「・・・」
王子さま「きみは大切なことをまぜこぜにしている!そうじゃない?」
王子さま、本当に怒っている。
王子さま「ぼくの知っているある惑星に、真っ赤な顔をした男の人がいた。その人は花の匂いを嗅いだことがない。ちゃんと星を見たことがない。誰かを愛したことがないっ!」
飛行兵「・・・」
王子さま「計算以外のことは何一つしたことがないんだ。一日に何度も何度もその人はきみみたいなことをいうんだ。『わたしはとても重要な人物だ!』って。見栄ですっかりふくらんじゃってる。人間じゃないんだよ、そんなの。ただのキノコ!頭でっかちのキノコさっ!」
飛行兵「・・・」
王子さま「花はもう何百万年も前からトゲを生やしている。それでもひつじは何百年も前から花を食べている。なのに、何の役にもたたないトゲをどうして花がわざわざ生やすのか考えるのは、重要じゃないっていうの?ひつじと花の闘いは重要じゃないの?太った赤い顔の男の人の計算より大事じゃないっていうの?」
飛行兵「・・(圧倒されて)」
王子さま「ぼくの星には他の場所には生えていない、世界中でたった一輪の花があるけど、なんにも知らないひつじがある朝、ぱくっと食べてしまったらその花はなくなっちゃうんだよ!なのにきみは、それが大事じゃないっていうのっ!」
王子さま、顔を紅潮させ、目に涙をため、
王子さま「もしも誰かが、何百万もの星の中のたった一つの星に咲く花を愛していたら、その人は星空を見るだけで幸せになれる!」
飛行兵「・・・」
王子さま「自分に向かってこういえる。『ぼくの花がどこかにある』。でももしひつじが花を食べてしまったら、それはその人にとってぜんぶの星の光がいきなり消えてしまうことなんだよ!きみはそれが大事じゃないっていうのっ!」
飛行兵「・・・」
王子さま、泣き出している。
N「ぼくはそのとき何もいえずに聞いていた。ただ、王子さまが何をいいたいのか、それだけはしっかりとぼくの心につたわってきた」
飛行兵、ハンマーを置いて、泣きじゃくる王子さまを抱きしめ、
飛行兵「大丈夫。きみが愛している花に危ないことなんか起こらないよ。ぼくがひつじの口にはめる口輪を描いてあげる。花のまわりには柵を描いてあげる。だからどうか安心して。ぼくはきみの本当の友だちだ」
飛行兵、王子さまのを両腕でしっかり抱いている。

星空
N「それからぼくは、その花のことをもっと知るようになった」

王子さまの小惑星
N「そのときまで、王子さまの惑星には花びらが一輪の花しか咲いたことがなかった」

土から顔をだす芽
N「ところがある日、いったいどこから運ばれてきたのか、それまでなかった植物が芽を出した。王子さまは注意深く観察した。ひょっとしたら新しい種類のバオバブかも知れない」

大きくなる芽
N「けれどもその小さな木はすぐに大きくなることをやめて、花をさかせる準備をはじめた」

つぼみに水をやる王子さま
N「王子さまは、すぐにでもその中から何か奇跡のようなものが現れるのかと思ったけれど、花は緑のつぼみの中で美しい姿の準備がすっかり済むまでなかなか出てこなかった」

つぼみ
N「彼女は時間をかけてその中で衣装をまとい、輝くばかりに美しい姿で登場したいと思っていた。そう、その花はとてもおしゃれな花だったのだ!そして何日もたったある朝、彼女は姿を現した」

星の上の花と王子さま
N「(あくびをしながら)あらごめんなさい、あくびなんかしちゃって。準備で忙しかったからわたし寝不足なの。まあ、でもずいぶんひどい姿ね」
王子さま「(感動して)そんなことないよ、あなたは、本当にとてもきれいです!」
花「(あくびをしながら)でしょう?わたしは宇宙に1本しかない花なの」
王子さま「(うれしくなって)すごいっ!」
花「それよりそろそろご飯の時間でしょ、お腹すいちゃったの。もしよろしかったら、何かいただけないかしら?」
王子さま「そうだね、ゴメン、忘れてたよ。いま如雨露をもってくる」
N「この花があまり謙虚な性格ではないことに王子さまは気づいたけれど、それも無理はないと思わせるほど、彼女は美しかった!」

じょうろの水を浴びる花
朝日をあびて美しく、そして気持ちよさそうに。
N「しかしこうして彼女はすぐに、王子さまを猜疑心と虚栄で悩ませるようになった。たとえば・・」

花と王子さま
花「ねえ、見て頂戴。ほら、ここにトゲが4本あるでしょう。これは美しいからだを守るために神様からいただいたものなの。鋭い爪のトラが来ても大丈夫よ!」
王子さま「(にっこり笑って)ぼくの星にはトラはいませんよ。それにトラは草はたべないし」
花「(とたんにプイとそっぽを向き)わたし、草ではなくってよ!」
王子さま「あ、すみません!どうか許してください」
花「そうね、あなたはやさしいし、いろいろとこうしてちゃんとお世話もしてくれるし。ねえ、わたし、トラは恐くはないのだけれど、冷たい風にはとっても弱いの。どこかについたてはないかしら?」
N「王子さまは、この花はなかなかむずかしい性格だと思ったけれど、それは自分が動けないからだということもよく理解出来た」
花「夜はガラスの鉢をかぶせていただきたいの。だってこの星ずいぶん寒いんですもの。わたしが前にいたところは」
王子さま「前って、ここで生まれたばかりなのに?」
花、ピクンとなって、
花「ゴホン、ゴホン、ゴホン。ほら、こんなに寒いのよ」
王子さま「わかった、いま探してくるよ」
花「ゴホン、ゴホン、ゴホン!」
走り去る。

ついたてを立て風から花を守る王子さま
N「こんな風にして、愛しているし何でもするつもりでいるにもかかわらず、王子さまは彼女を少し疑うようになった。意味のない言葉をいちいち受け止めては辛い思いをした・・」

砂漠の夜
王子さま「いうことを聞いてやらない方がよかったんだ」
飛行兵「・・・」
王子さま「花のいうことを聞いてはいけないんだよ。ただ眺めて、彼女の美しさや香りを楽しんでいればよかったんだ。あの花はぼくの星をすっかりいい匂いで包んでくれたのに、ぼくはそれを楽しめなかった。あのトラの爪の話にしたって、ただ聞いてほろりとすればよかったんだ」
飛行兵「・・・」
王子さま「ぼくは何もわかっていなかった。言葉じゃなくて、彼女のふるまいで判断すればよかったのに!彼女はとてもいい匂いを放っていたし、きれいに輝いていた。ぼくが逃げ出したのはまちがいだった。あの美しさの影にかくれた淋しさを察してやればよかったんだ!でもぼくも若かったし、彼女をどう愛していいのかわからなかったんだ」
飛行兵「・・・」

小惑星に沈む夕日
N「それからあとは、旅立ちの機会を得るために、ぼくは、王子さまは野生の鳥の渡りを利用したのだろうと思う・・」

惑星の火山の掃除をする王子さま
N「出発の日の朝、彼は自分の惑星をキチンと片づけた。まず2つの活火山のすすを丁寧に取ってきれいに掃除した。この火山は朝ごはんを温めたりするのにとても便利だったものだ。火山はきちんとすすをはらってきれいにしておけば、静かに燃えるだけで噴火はしない。そして残りのもう1つの死火山も「いつかまた噴火するかもしれない」ときれいに掃除した」

小さなバオバブの芽
N「それから王子さまは、もの悲しい気分で最後のバオバブの芽を抜いた。もうここには戻ってこないだろうと思って。やりなれた毎日の日課がとてもいとおしく、そして悲しく思われた・・」


N「最後に、王子さまは花のところやってきて、水をやってガラスの鉢をかぶせようとすると・・」
花、顔を見られないように後ろに背けている。
王子さま「・・・」
花「・・・」
王子さま「さようなら。ぼくは、出て行くよ」
花「・・・」
王子さま「さようなら。じゃあ、元気でね」
花「・・(すっかり元気なく)わたし、・・バカだったわ」
王子さま「・・・」
花「わたしを許してね。あなたはあなたの幸せを見つけてね」
王子さま、ガラスの鉢を持ったまま立ち尽くしている。
花「・・そうよ。わたしはあなたを愛していたの」
王子さま「・・・」
花「あなたがそれに気づかなかったのは、わたしのせいだけど、それはどうでもいいの。でもあなただってわたしと同じくらい、愚かだったんじゃない?」
王子さま「・・・」
花「幸せになってね。その鉢はどけておいて。もういらないから」
王子さま「でも、冷たい風が・・」
花「夜の涼しい風はからだにいいわ。わかるでしょう、わたしは花なんだから」
王子さま「だけど動物がきて・・」
花「チョウチョと友だちになるんなら、毛虫の2,3匹はがまんしなければならないでしょう?それに大きな動物だってぜんぜん恐くないわ。このトゲがあるから・・」
下を向いたまま4本のトゲを見せる。
王子さま「・・うん」
花「気になるから、そこでぐずぐずしないで。行くと決めたんでしょ?」
王子さま「・・・」
花「さあ、はやく行ってちょうだい」
王子さま「・・じゃあ、さようなら」
花「・・・」
顔を後ろに背けたまま体を震わせている。


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