王様物語

召使いからのご挨拶

王様のお世話をしておりますと毎日いろいろな事が起こります。
ここでは、これまで印象に残った王様のお話を披露したいと思います。
(1998.10)


王様現る

今から7年ほど前の冬が近づく頃でした。
王様は年少者を引き連れてふらりとこの地へやってまいりました。
当時は痩せていて、ひもじさすらにじみ出ておりました。
おそらく本当にひもじかったのでしょう。
年少者とともに、雀の餌場めがけてよじ上ったり、
落ちたパン屑を細々と食べて暮らしておりました。
そんな哀れな王様達に、私たちはおもしろ半分にパンを投げたり、
蒲鉾の切れ端を投げたり、ハムを投げたりしていました。
王様と年少者は、我先にと投げた物に飛びついていましたが、
おなかの空いていない時は、王様がいつも後ろで
年少者を優しく見守っている様子でした。



まるで母親のように年少者を見守っていたので、
私たちは王様のことをご婦人と勘違いしておりました。
年少者はひっかいたり、かみついたりと土地の者を
かなり困らせておりましたが、王様はいつもゆったりと
芝の上に体を横たえ、その姿を眺めておりました。


入国審査

性別不明の王様達を見ているうちに、私どもは
この地になじめるかどうか入国審査を行おうと決めました。
テスト1:木の上にかまぼこをつけました。王様はなんなく召し上がりました。
テスト2:鉄の棒の上にも刺し身をつけました。王様は今では考えられないほどの
バランス感覚を発揮して鉄棒を上手に渡りました。
テスト3:意地悪な者が木の下に水をはったたらいを置き、木に刺し身をつけました。
年少者は血気盛んに木に登りましたが、注意力散漫だったため、
着地は水の中でした。
それを見た王様は、「急いてはことをし存じる」とばかりに注意深く
刺し身を口にくわえた後、しずしずと木から下りてきたのです。
なんという落ち着いた立派な態度でしょう。


バケツの中のとぐろ

数々の厳しい入国審査が続いていた頃、
住民全員が用事で外出した日がありました。
すっかり私たちに慣れ親しんでいた王様達は、
今日もおいしい食べ物にありつけると信じていたようです。
ところが、10時になっても12時になっても3時になっても5時になっても
おいしいものは出てきません。
王様達はすっかり心細くなったのでしょう。
私たちが帰った時、外の小さなポリバケツの中に
ぎゅうぎゅうと2匹の猫がとぐろを巻いて寝ていたのでした。
その姿を見てたいそうおかしかったのはいうまでもありません。


最後に残った王様

そんな愛おしさに免じて、仮ビザを与えて住まわせておりましたが、
最後に残ったのは王様だけでした。
年少者はたらいの水に落ちた屈辱に耐え兼ねたのか、
はたまたもっと住み心地のよい土地を見つけたのか、
知らない間に放浪の旅に出てしまったのです。


一人残された王様は私どもとの距離を日に日に縮めていきました。
今日はシッポにさわれた、今日は頭にさわれた、今日は体にさわれた。
そして、とうとうだっこに成功したのです。
その日を境に、王様はこの土地の正式な住民となったのです。


王様の隠された過去

この地に住み着いた王様でしたが、御殿はまだありませんでした。
なぜなら、王様には隠された過去があったようだからです。
ある日の夜、王様がお気に入りの車の下に入ろうとしたとき
道行く青年が王様に向かって「ぴーちゃん、ぴーちゃん」と
呼ぶのです。それもずいぶん親しげにです。
私はそばにいましたが、暗くてその青年は気がつかなかったようでした。
ところが、王様はその青年の呼び声をふりきって、
逃げるように車の下に隠れてしまいました。
そのとき、王様の本名は「ぴーちゃん」で、
帰る御殿があるのかもしれないと思ったのです。
いずれお国へ帰るかもしれないので、
御殿の建立はしばらく待とうということになったのです。


御殿0号

この地に来て既に半年ほどたっていましたが、
王様は、領地の隅っこにある椿の植え込みや
ガレージの車の下などで暮らしておりました。
それでも1日中この地に居るわけではなく、
祖国へもちょくちょく足を運んでいる様子でした。
このままここに居着くのか、祖国に帰るのかもわからぬまま、
寒い冬が近づいてきたので、籐籠にタオルをしいたベッドを用意しました。
王様はそのベッドですやすやお休みになりました。
1年半くらい王様は籐篭のベッドをご愛用なさいました。
それでも外です。よく堪え忍んだものです。


御殿1号

籐篭のベッドがボロボロになった頃、古くなった焼却炉を横に寝かせて
屋根付き御殿をこしらえました。中にはタオルを敷き、雨に濡れることのない
かなり豪華な御殿1号となりました。
その御殿1号で王様は2年くらい暮らしました。


王様大病す

御殿1号に暮らしていた頃、王様は大病をなさいました。
権力抗争を繰り返し、しょっちゅう怪我を負って帰ってきた頃でした。
ある日突然、王様は元気がなくなり、
御殿の中で寝てばかりいるようになりました。
いつもおいしそうに食べるご飯も余り食べず、
すぐに御殿に寝に入ってしまうのです。
1日たっても寝ている。2日目も寝ている。
周りのものもさすがに心配になって、御殿をのぞき込みました。
すると、たいそう御加減の悪い様子でした。
とうとうご飯も食べなくなり、御殿から出ようとしません。
助かりそうもないからあきらめようと心ないことを言うものもいました
その言葉にがっかりした私は、その夜、夢をみました。
王様が御殿1号の下にぽっかりあいた土の穴の中から上を見上げて、こういうのです。
僕はまだ死なない、だから助けて


王様の看病

私は心ないもののことなど忘れて、次の日に病院に駆け込み、
かくかくしかじかとわけを話して薬を手に入れました。
そんなことをしても無駄だといわんばかりのものを連れて
力のない王様を御殿から引きずり出し、口を無理矢理こじ開けて、
薬を飲み込ませました。
よっぽど苦かったのでしょう。よだれをだらだら垂らしながら薬を
掃き出そうとしましたが、それでも半分くらいは飲んだ様子でした。
あまりに気の毒でしたので、鯛のお刺身を大奮発して差し上げました。
お刺身のご褒美がなければきっと王様は薬をのまなかったかもしれません。
薬を飲んだ後は、ぼろ雑巾のように痩せ細った体を膝の上に
乗せ歌を歌ってあげました。
子供の頃に歌を歌ってもらったことがあったのかもしれません。
王様は、とてもうれしそうに痩せ細ったしっぽをゆらゆらとふりながら、
じぃっと大きな瞳で私を見つめておりました。
夜になると、明日は元気になるんだよと約束をして、
おやすみの挨拶をして寝るのでした。


王様ご快復

次の日も、次の日も苦い薬を飲ませ、鯛の刺身を食べさせ、
膝の上に乗せて歌を歌いました。
そして数日たった朝、奇跡が起きました。
病気の王様を真っ先に見捨てようとしたものが、私を呼びました。
王様は御殿1号の外に出て、香箱を作り、にゃ〜と一声泣いたのです。
そして、鯛の刺身をあげると前よりもおいしそうに食べ始めました。
ところが、薬をあげるのは前よりも難しくなりました。
膝の上に乗せて口をこじ開けようとするとすごい力で反発するのですから。
王様の力は日に日に強くなり、がりがりの姿のままお散歩に行くようになりました。
近隣のものも、まぁ、こんなに痩せちゃってと驚きの声を上げていましたが、
王様はちっとも気にせず、領地の見回りに行くようになったのです。
王様は回復しましたが、一つ困ったことがありました。
すっかり鯛のお刺身がお気に入りになってしまいました。
城の財政などこれっぽっちも気にしていないご様子です。


御殿2号

大病から奇跡的に回復した王様は、ますます丈夫になられ、
体もみるみる大きくなっていき、御殿1号が窮屈になっていきました。
ちょうど一回り大きい焼却炉が壊れたので御殿2号を新築しました。
中にはタオルではなく、毛布を入れました。
毛布を供出したのは、かつて、病気の王様をあっさり見捨てようとしたものでした。
内壁には捨てようと思っていた磁器マットレスを敷き詰めました。
これで王様は肩こりになることはないでしょう。
入り口には雨風の吹き込みを防止するビニールをはりました。
冬場は毛布の下にホッカイロを1つ忍ばせます。
この新御殿は今や周りの猫たちの羨望の的となっているらしく、
侵入を試みる不届き者が出るたびに、「あの奴を追い出せ!」と
王様は私に命令するのです。
そんな立派な御殿でも、王様は夏場には全くお住まいになりません。
暖かくなれば、この地にいらした当時から お気に入りの植え込みで
丸くなって寝たり、秘密の場所で寝るのです。
立派な御殿を手に入れた王様は、勢力争いにも勝ち抜き、
いまや真の王様の地位を得ています。


王様の外交

真の王様となってからは、外交にも力をお入れになり、
往来を行き来する御犬様たちとも交友を深めているようです。
彼らが馳せ参じるときには必ずそちらを向いて目礼を交わし合います。
時々、大きな御犬様が通り過ぎた後、思わず背中が丸くなっている時もあり、
やはり外交は気疲れするようです。
往来を行き来する者は皆、王様の立派な風格に一目置いているようです。
召使いの一人が、その御犬様のご主人とお話をしていたとき、
大きな猫ちゃんですね、よく植え込みでお昼寝していますよね、
と話題に上ったそうです。


王様のおなら

王様が大病になられたとき、
膝の上に乗せて歌を聞かせてあげたことは既にお話しました。
そのせいでしょうか。王様は、膝の上が大好きです。
寒い冬の朝、膝の上で10分も眠ることもありますし、
立ち上がって毛繕いを始めることすらあります。
ところが、あまりに心地よいせいでしょう。
ときどき気がゆるんで音のしない毒ガスを放出されます。
顔がひん曲がるほどすごい臭いですが、決していやな顔をせず、
王様にはにこにこと接するよう心がけておりますです。はい。


大奥の世界

英雄色を好むというのは猫の世界も同じようです。
王様の周りにはご婦人方が大勢います。
まず一番親しい方はチャムチャンというご婦人です。
彼女は王様のお世話係でもあり、いろいろとご意見するようです。
そんなチャムチャンを、王様は時々煙ったくなるご様子です。
トトチャンといううら若き女性も王様を好いている様子です。
12月頃に首輪のない色黒美人ちゃんが現れました。
1月頃には首輪をつけた色白美人ちゃんが現れました。
時々、黒タヌキのような女の子も現れます。
どのご婦人も王様はたいそうお気に入りで、
しばらく御殿に帰らない時もありました。
ですが普通は、王様がのんびりと日向ぼっこをしていると、
チャムチャンとトトチャンが王様を取り囲むように座ります。
ご婦人の世界でも序列があるようで、
チャムチャンが王様の一番近くに座り、
王様の行動を監視しているのです。
まるで大奥の世界を見ているようです。


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