環境無視の道路はどうつくられるか

―東京で都市計画道路が造られる場合を例にして―

 1996年9月 


都市部の道路の多くは,「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り」「健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保する」ことを目的とする都市計画法によりつくられます.そして多くの場合,なんらかの形でアセスが行なわれます.しかし,実際には環境無視の公害道路がつくられてしまいます.なぜなのでしょうか.私たちは,都道環状六号線拡幅事業と,その地下に建設される首都高速道路中央環状新宿線事業の中止を求めた裁判を通じて,現行の都市計画法の本質的な欠陥を明らかにすることができました.住民が知らなかった法の実体を,ドキュメント風に描いてみました.


都市計画素案の提示

《東京都》 この度ここに道路をつくることにしました.従いまして,その範囲の方々には将来立ち退いていただくことになります.

《住民》 周辺住民のことは考えているのか!!

《東京都》 アセスを実施しますから全く問題ありませんが,ご意見はうかがいます.

 

都市計画の決定

《東京都》 皆様の意見を充分うかがいましたので,いろいろありますが素案の通り決定します.今の所単なる計画で,必要な時になったら建設大臣の認可・承認を受けて事業を始めます.

《周辺住民》 良好な住環境がめちゃめちゃになっちゃうでしょう!

《東京都》 アセスはちゃんと実施いたしました.

《立ち退き住民》 俺たちの土地はどうなるんだ.単なる計画だっていったって,高い建物は建てられなくなるし,売ろうったって誰も買ってくれないし.勝手なまねされてたまるか.訴えてやる.

《裁判所》 都市計画が決定されたといってもそれは青写真ができたようなもので,あくまで計画に過ぎない.事業を実施するまでの間は住民になんらの損害もないのだから,訴えの利益がなく裁判は受け付けられない.(最高裁判例)

 

都市計画事業の認可・承認

《東京都》 この度,建設大臣の許可を得て計画通り事業を行なうことになりました.つきましては立ち退き対象者の土地建物を買収させていただきます.もちろん個別にいい条件を提示いたしますから絶対損はありません.(本音:早く売らなければ強制収用で買い叩くからな.)

《周辺住民》 環境はどうなるんだ!

《東京都》 アセスを行ないました.

 

処分取消しを求める行政訴訟

《周辺住民》 こんな道路ができたら病気になり,死ぬ人だって出るんだ.アセスだって条令違反のでたらめなものだった.こんな事業を許可した建設大臣を訴えてやる.

《建設大臣》 事業認可・承認の処分は事業者に対して行なったもので,いわば行政庁間での事務手続にすぎません.東京都が書類をきちんと揃えて申請してきたからそれを許可しただけのことで,第3者がとやかくいうのは筋違いです.アセスが条例違反だといっても,アセスは東京都独自の条令で行なったので,国の決定はそんなものに拘束されません.

《住民》 第3者ではあっても,この処分によって直接損害を受ける住民は訴える資格はある.

《建設大臣》 確かに第3者の訴訟はあります.しかしそれは処分の根拠法規である都市計画法の中で保護されている具体的な利益についての争いに限られます.事業のために立ち退きになる人は,第3者とはいっても都市計画法の中に土地収用に関する規定があり,適正価格で買収しなければなりませんから,その利益は保護されているといえます.道路周辺住民が良好な生活環境を求めていますが,それはあくまで一般的・抽象的なもので,都市計画法にもそうした住民を個別・具体的に保護するという規定はありませんから,訴えそのものを退けるべきです.

《周辺住民》 道路をつくれば一般的・抽象的な被害が起こるのではなく,特定地域の,具体的な個人個人が健康被害を受けるんだ.都市計画法の目的達成のための道路建設が,その反面として特定地域住民だけに被害を与える以上,訴える資格はあるはずだ.

《裁判所》 都市計画法には都市施設付近住民の利益を保護する規定はないので訴えを退ける.都市計画法にいう良好な都市環境とは,一般に交通,衛生,治安,経済,文化,生活便益等都市における広範な生活環境を総称するもので,道路の付近住民の生命,身体を保護する趣旨は含んでいない.

 なお,アセスは条例に基づいて行なわれたもので,条例自体に罰則規定もあり,都市計画法上の事業認可・承認の必要条件とはならないから,条例違反があっても事業取消しの理由とはならない.

 

住民感覚の都市計画法を!

 私たちの主張と,都や国の主張,そして判決との間の完全なすれ違いの中から,都市計画法には道路沿道の環境,それも身体生命の保全が全く考慮されていない,という構図が浮かび上がってきました.住民感覚から遊離したこんな法律で道路がつくられる以上,大気汚染がなくなるはずはありません.その上,アセスも全く無力だということが明確になりました.

 公共の名の下に行なわれる多くの都市計画事業が,本来の目的を失って金をばらまくだけのためになされている実体を多くの人が指摘しています.環境保全を考慮することなく事業ができる,というような法律を野放しにしておいたこともその原因の一つにあげられるでしょう.

 環境には全くの後進国となってしまった日本.アセス法の制定も絶対に必要です.しかし都市計画法,道路法などの事業法に環境配慮を盛り込ませなければ問題は解決しません.なぜなら事業法からみればアセスは認可・承認の必要条件とはなっていないからです.アセス法制定の動きに連動して,これらの法律の改正へむけて世論を盛り上げていくことももっと大事なことではないでしょうか.

 

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