つまらない話
「高尾山の自然を守る会」の会報は,首都圏道路問題連絡会の機関紙を兼ねており,控訴審判決や上告理由を紹介するために寄稿いたしました.
つまらない話 1995年12月
―東京で都市計画道路が造られる場合を例にして―
11月19,20日に大阪で開かれた第21回道路公害反対運動全国交流集会に参加した.懇親会が終わり,ホテルに入ったところでYさんに「あとで前の店で少しお話ししませんか」と誘われた.いいかげん酔っ払っていたのにさらにビールを注文し,ほとんど素面のYさんやSさんを相手に調子にのっていろいろ喋ってしまった.次の日,「おもしろい話だったね,今度何か書いてよ」という訳で,パソコンに向うはめになった.ここでまたおもしろい話を書くと,続きを書け,ということになるのは目に見えているのでつまらない話を書くことにする.つまらなさに驚き,あきれ,情けなくなり,ついには腹が立ってしまうような話.裁判,それも敗訴判決.
都道環状六号線拡幅事業と,その地下の首都高速中央環状新宿線建設事業の認可・承認処分を取消すよう求めて我々道路周辺住民が建設大臣を相手に行政訴訟を起こしたのは1991年5月のこと.1994年4月には東京地裁で敗訴判決,そして今年9月28日,東京高裁は住民側の主張を全面的に退けた一審判決をそのまま追認する,ごくつまらない判決が言い渡された.さてその判決内容だが,道路拡幅で土地,建物などの権利を奪われることになる地権者以外の周辺住民はそもそも裁判を起こす権利がない,という,いわゆる門前払いである.我々は,環境影響評価の手続上および内容的に重大な瑕疵があること,大気汚染を悪化させ地域公害防止計画へ適合しないこと,前例のない巨大な地下構造物により地下水脈が遮断され地盤の変形・沈下が起こること,渋滞解消という事業目的が達成されずなんらの公共性もないこと,など様々な視点からこれらの道路の不当性を主張し,立証してきた.これに対し被告側は,裁判長の再三にわたる指導にも関わらず,まともな反論をしてこなかった.なのに,我々の負けである.裁判所は国家権力の前では何もできない無力な存在なのだろうか.
一審の判決は支離滅裂といっていい.控訴審ではそれに対して徹底的な批判をしたので,判決はかなり厳密な構成となった.それだけに相当すごいことをいっている.
裁判を起こす資格を原告適格という.原告適格を有するものとは,争いになっている行政処分を取り消すことにより法律上の利益を受ける人に限られる.地権者は処分が取り消されれば明らかな利益があり問題ない.それに対して周辺住民は,大気汚染,騒音,振動,地盤沈下などの被害を免れることができるという利益を受けることになるが,このような利益を道路建設の根拠法規,この場合は都市計画法が保護しているかどうかが判断の基準となる.都市計画法の目的は,良好な都市環境の構築である.しかし判決では,都市計画法にいう都市環境とは一般に交通,衛生,治安,経済,文化,生活便益など広範な都市における生活環境を総称するものであって,付近住民の生命,身体を保護する趣旨は含んでいない,として周辺住民の原告適格を否定してしまった.憲法で保障された生存権など吹き飛ばしてしまう驚くべき判決である.
この判決は,道路周辺住民の様々な被害に対して損害賠償を認めた西淀川公害訴訟の大阪地裁判決,国道43号線訴訟の最高裁判決と明らかに矛盾する.国道43号線では道路建設時にそうした被害を予見し,回避することが可能だったのにそれを行なわなかった,として事業者の過失を認定している.つまり道路建設時に沿道環境に配慮すべきだったと指摘しているのである.このような判決があったにもかかわらず,今回の判決では,都市計画法は道路建設に当たって沿道環境に配慮するよう求めていないというのである.都市計画法がこんな法律だから,道路建設時に沿道被害を予見し,回避する手立てが講じられず,道路ができれば確実に被害が生じて損害賠償を行なわなければならない,ということなのかもしれない.何ともあきれ果てた構図ではないか.
全国各地で道路公害問題が発生しているが,そもそも都市計画法は,道路沿道の環境を特別に保護する規定を持たないというのだから,そんな道路ばかりができても当然のことだったのである.行政側は環境影響,それも身体,生命に対する被害への配慮など全く考えていないし,それで法律上なんら問題がないというのである.環境影響評価を行なったとしても,あくまで行政側のサービスに過ぎなかったのだ.
東京23区には車道幅員13m以上(つまり4車線以上)の道路が約1034kmある(1994年4月1日現在).西淀川道路公害訴訟判決では沿道150mの大気汚染を認めているが,その範囲を沿道とすると,その面積は310km2となる.これは23区617km2のおよそ1/2に相当する.沿道の環境を保全することなく保護される一般環境とは一体何なのだろう.我々は,こんな情けない法律の下で行政とのむなしい争いを続けているということなののだろうか.
この判決が確定すると,周辺住民が道路建設事業の取消を求めて事前に裁判で争うという道は閉ざされてしまう.こんな馬鹿げた法律解釈が許されるはずはない.法律の根源に関わる判断は高裁ではできない,最高裁なら何とかしてくれるのではないか,と信じて上告審に臨んでいる.よろしくご支援のほどを.
環六高速道路取消訴訟の上告理由書の紹介 1996年3月
先に「つまらない話」というタイトルで私たちの裁判の話を紹介させていただきました.その話は上告して最高裁で決着をつけるというところで終わっています.このたびようやく上告理由書の提出というところまでこぎつけましたので,その内容を紹介することとします.この上告理由書は,焦点を絞り枝葉の部分を徹底的に切り落として明快なものにしましたが,それでも100頁ほどにもなり,法律には全く素人の私が,限られた紙面で正確に紹介するのは土台無理なことで,内容的にも不十分なものであることを最初にお断りしておきます.
1.訴えの概要−事業,被告,原告
この訴訟は,都道環状六号線拡幅事業に対する承認と,その地下に作られる都市高速道路中央環状新宿線建設事業に対する認可という2つの処分の取消を求めた行政訴訟で,被告はこれらの行政処分を行なった建設大臣である.これらはいずれも東京都が決定した都市計画に基づく都市計画事業であり,都市計画法により建設される点,道路法に基づいて建設される圏央道などとは異なっている.
一方,原告は道路の拡幅で土地,建物などを収用される,あるいは権利を所有する土地の地下に道路ができることでその権利が侵害されるといういわゆる地権者と,道路が新設される,あるいは拡張されることで必然的に大気汚染,騒音・振動,地盤沈下などの被害を受けることになる周辺住民に分けられる.つまり,訴訟の対象が2件,被告は一人,原告が2種類という構成になっている.このことが裁判では重要な意味をもっているのでまずご理解いただきたい.
2.判決
(1) 判決の問題点
さて判決は,前回ご紹介したように,前記地権者原告の訴えを棄却(訴えの内容を捨てる)し,周辺住民の訴えを却下(訴えそのものを退ける)するという我々の全面的な敗北であった.裁判の争点は多岐にわたり判決もさまざまな内容を含んでいるが,主要な点は次の通りである.まず第1は,周辺住民はそもそも裁判を起こす権利,すなわち原告適格がないとして,訴えそのものを受け付けてもらえなかった点である(印紙代は支払ったのに!).第2は,都市計画の決定という行政行為を離れて都市計画の内容の違法,適法をいうことができないから,昭和25年に当時の法律に照して適法に決定された環六拡幅の都市計画に関する事業承認は適法であるとしていた点である.第3は,地下高速道路の建設が東京都の地域公害防止計画に適合した道路でありその事業は違法ではない,という点である.これらの内,第2,第3の点については,周辺住民の訴えはそもそも却下されてしまったので,地権者原告だけに向けられたものとなっている.
上告審ではこれらの各問題点について,徹底的に争うこととした.
(2) 判決における環境影響評価の位置付け
道路公害反対運動を展開している人達にとっては環境影響評価がどのように位置付けられているかは大きな関心事だろう.我々は事業認可・承認を申請した東京都知事は,東京都環境影響評価条令に従わなければならないから,それに違反していればその違法性は承継され,ひいては事業認可・承認は違法である,そして地下高速道路の環境影響評価はその内容において明白な誤りがあり違法なものであるし,そもそも環状六号線拡幅は条令の解釈を誤って環境影響評価を行なっていないのであり違法であるらら,事業認可・承認は取り消されなければならないと主張した.これに対し判決では,環境影響評価条令は東京都が定めたものであり,建設大臣はしばられない,条令違反は条令の中に罰則規定があるのだからそれで十分であり,都市計画法による事業認可・承認に影響はおよぼさない,というのである.条令の罰則とは,環境影響評価をやらなかったら,その氏名を公表する,というものである.つまり環境影響評価などやってもやらなくても法律の前ではなんらの意味も持たない,ということになるのである.この点については,もはや争う気力もないというのが実情である.
3.上告理由第1点 周辺住民に原告適格はある
(1) 判決およびその理由
判決は周辺住民には原告適格がないとして,周辺住民からの訴えについては内容に入るまでもなく退けるという結果となった.建設大臣が認可・承認処分を下した相手は首都高速道路公団と東京都である.つまりそれ以外の人はすべて第三者である.行政訴訟は基本的には行政処分の相手が,処分をした行政庁を相手に起こすものである.しかし,これらの道路事業の認可・承認処分がなされると地権者には土地収用など明確な権利侵害が生ずる.こうした場合には第三者でも訴訟が起こせるのである.問題は周辺で健康被害を受けることになるなどの被害を受けるものが訴訟を起こせるかどうかである.
この点について,1審,2審ともにこれらの住民の原告適格を否定してしまった.その理由について,判決では次のようなことが述べられている.こうした第三者の訴訟が認められるのは,それらの者の利益が個別具体的なもので,処分の根拠法規(この場合は都市計画法)がそれを保護している場合であるが,付近住民の大気汚染や地盤沈下の被害を受けないという利益,または住民の良好な生活環境を享受するという利益は一般的,抽象的なもので,都市計画法にも住民の身体・生命を保護するという趣旨の規定がないから原告適格はない,としている.そして58kmも離れた住民に原告適格を認めたもんじゅ裁判の場合については,原子炉等規制法が災害防止などをうたっているし,同じく周辺住民の原告適格を認めた新潟空港差し止め訴訟も,航空法関連の法規に騒音被害防止をうたっている条文が見られるというのである.それに対し都市計画法は,都市の秩序ある整備を図ること,都市の健全な発達を図ることがその目的であり,公害のない都市を作ることも含まれるが,それはあくまで一般的なことであり,個別具体的に都市施設周辺住民を保護しているわけではない,というのである.さらに,重大かつ直接的な被害を受ける住民の範囲が事前に明らかになるとは経験則上考えらず,道路による被害はあくまで一般的環境の問題であって,特定の住民に原告適格があるとはいえないとしている.
(2) 上告理由書における我々の主張
都市計画法の目的は住民の良好な生活環境を築くことである.判決では付近住民の大気汚染や地盤沈下の被害を受けないという利益も,こうした一般的・抽象的なものであって個別具体的な利益とはいえないとしている.しかし,周辺住民にとって都市施設建設による被害を受けないという利益は,都市計画法の目的達成の反面としての特定地域の人々だけに生ずる問題である.道路という都市には欠かせない施設を作る反面として特定の一部の地域住民だけにおよぶ被害,という視点に立てば一般的・抽象的なものとはいえない.また,その被害も,身体・生命という個別具体的なものとなることは明白である.その意味でも一般的・抽象的なものとした判決は誤りである.
都市計画は公害防止計画に適合したものでなければならない.これは当該都市の健全な発展を図り,健康で文化的な都市生活を確保する,という都市計画法の目的を達成するためのものである.また,こうした規定は公害対策基本法(当時の)にも連動するもので,都市計画法や関連法規に周辺住民の身体・生命を保護する規定がないという判決の判断は誤りである.
さらに,経験則上,事前に被害範囲が明らかになることはない,という点については,国道43号線訴訟,西淀公害訴訟と明らかに矛盾している.これらの訴訟の判決では,事前に被害が予測でき,回避することも可能だったのにそれをしなかったことを理由に損害賠償を認めているのであって,経験則上,事前に被害範囲を明らかにできるのである.この訴訟での周辺住民原告は環境影響評価の関係地域内に居住している.つまり,これらの道路建設に当る行政側も経験則から事前に被害を受ける可能性が高い地域を認定しているのであって,判決は明らかに誤りである.
以上,我々の請求は,特定の範囲の個々人の具体的な利益であって,原告適格は当然認められるべきである.
4.上告理由第2点 都市計画決定ではなく,決定された都市計画が違法なのである
(1) 1,2審での主張
環状六号線拡幅という都市計画は,1950年(昭和25年)に旧都市計画法で決定されている.この決定自体,当時の法律に照して適法であったことは間違いない.その後,1968年(昭和43年)に都市計画法が全面改定され,公害防止などの趣旨が含まれるようになったが,この時に旧法下で決定された都市計画もそのまま新法のもとでの都市計画とみなされるという規定がもうけられ,環状六号線拡幅の都市計画もそのまま残された.その場合,確かに環状六号線拡幅は旧法下で適法に決定された都市計画であるが,なんら公害対策がなされておらず東京都の地域公害防止計画に適合しないのだから,新法に照せばその都市計画は違法なものであり,こうした違法な都市計画に基づいてなされた都市計画事業の認可は取り消されなければならない.
(2) 判決およびその理由
判決は,都市計画の決定という行政行為を離れて都市計画自体の違法,適法をいうことはできない,つまり旧法下で適法に決定されたのだから,その後に改正された法律でその決定の違法性をいうことはできない,として退けてしまった.判決文にはさまざまな理由が書かれているが,よくよく読むと,要するにそういうことだ,といっているにすぎない.
(3) 上告理由書における我々の主張
我々は都市計画の決定が違法であるという主張はしていない.都市計画そのものがその内容において違法であると主張しているのである.
都市計画の決定と,決定された都市計画とは明確に区別されるべきであり,都市緑地保全法の経過措置の中にそうした区別が認められる.都市計画を決定しただけでは,あくまでそれは計画であって,決定時点でなんらかの処分が行なわれたという意味を持たない(処分性がない)から,その時点では訴訟を起こすこともできない.つまり計画は皆がそれに従わなければならないという法律のようなもので,その決定は立法類似の行為といえる.法律が,その後の新しい法律の成立により違法になることは普通のことである.都市計画も,新しい法律ができたらそれに合致しなければ違法なものとなるのは必然である.つまり,都市計画の決定という行為と,都市計画それ自体とは切り放して考えるべきなのである.自作農創設特別措置法による買収計画が法改正により違法なものになったケースについて,計画決定は適法としつつも,買収はできないとした最高裁判決(昭和28年)もこうした考え方を支持するものである.
環状六号線拡幅の都市計画決定は1950年当時の法律では適法であった.しかし判決では,現在の法律に照してその都市計画が違法か適法かの判断をしていないことは明らかであり,審理をつくしていないので差し戻されなければならない.
5.上告理由第3点 環状六号線,地下高速道路は公害防止計画に適合していない
(1) 判決およびその理由
前述のように都市計画法では,都市計画は地域公害防止計画に適合しなければならない,と規定している.環状六号線拡幅については第2で述べたようにそもそも適合しているかどうかを議論する必要がない,として退けられたが,地下高速道路については適合性について判断を下している.公害防止計画は大気汚染の環境基準達成を目標としている.都市計画法にいう公害防止計画への適合という意味は,道路事業が積極的に環境基準達成という目標に寄与しないまでも,少なくとも環境基準の達成を阻害ないし悪化させるものではない,という意味であると考える.その上で,これらの道路が完成すると交通量は増大し,交通量の円滑化による窒素酸化物削減量を最大限に見積もっても,増大量が削減量を大きく上回ることから,環境基準達成を阻害するものであり,違法であると主張した.
判決では,地域公害防止計画には窒素酸化物対策の一つとして「環状道路等の整備」があげられており,中央環状新宿線はその環状道路だから適合している,との判断を示した.個別の事業ごとに,実際に窒素酸化物の排出量の削減につながるかどうかを判断する必要はない,というのである.その上,環境基準の特定の時期までの達成に支障のない事業に限られるというのではおかしいと,我々の主張を全く曲解した的外れな批判をしているのである.
(2) 上告理由書における我々の主張
都市計画法にいう公害防止計画への適合とは事業が積極的に環境基準達成という目標に寄与しないまでも,少なくとも環境基準の達成を阻害ないし悪化させるものではないという意味である,という我々の主張に対してそもそも判決は的外れな批判をしただけもので,取り消されなければならない.また,単に施策の一つとして環状道路等の整備があげられているから適法である,というのでは公害防止計画への適合性をうたった都市計画法の意味がなくなってしまう.本件各道路の公害防止計画への不適合性は,1995年までの環境基準達成という前提がすでに崩れてしまった,でたらめな地下高速道路の環境影響評価や,両道路によってもたらされる窒素酸化物排出量の増大からも明らかであり,これらの事業は都市計画法違反であり,原判決は取り消さなければならない.
以上,3点に分けて述べてきましたように,原審判決の誤りは明白で,これらの道路建設事業認可・承認処分は取り消されなければならない,少なくとも,原審においての審理は誤りであり,差し戻されなければならないと考えています.特に第2点は極めて明快な条文や判例が見つかり,かなり自信をもてる内容となっています.しかし,これに対してこれまで行政側に厳しい判決を下したがない最高裁がどのような判断を示すか全く分かりません.私たちの訴訟の支援者で,上にあげた主張の多くを教示してくれた行政法の研究者も,理屈ではこちらが正しいが,と首をひねっています.ここまでくるとやるだけのことはやったので,あとは1年先か2年先か分かりませんが,結果を待つだけというところでしょうか.
それまでは,調停手続きなどで実質的なものを得る努力も怠らないようにと自戒していますので,ご支援の程をよろしくお願いいたします.