石原慎太郎東京知事への提言

1999年8月30日


「石原知事と、議論する会」 このままでよいのか?東京の環境〜便利さの中で、車を考える〜 が今日開かれ,環六高速道路に反対する会を代表して,私が発言して来ました.発言者が30名もいて全体で2時間という無理な設定だったため,発言はごく触りだけにとどめ,知事への提言としてこの文書を提出して来ました.

石原知事は思想的にはかならずしも賛同できませんが,この会に出席していて決して不愉快な気分にはなりませんでした.これは石原氏が役人ではなく,自分の言葉で話をするからです.十分に議論する機会があれば私たちの主張を理解してもらえる人だろうと感じました.今後も積極的に働きかける必要があると思います.


東京の大気汚染問題を解決するために

 

まずはじめに,このような形での意見聴取を企画されたことに敬意を表したいと思う.また,交通需要マネジメントや自動車使用に関する東京ルールということで,自動車利用に一定の制限を設けようとする試み,あるいはディーゼル車NO作戦ということでディーゼル車の制限により大気汚染の改善を目指そうとする新しい政策についても,道路公害問題に関わって来た住民の一人として強く支持すると共に,その具体化にあたっては環境NGOとしても積極的な参加をしていかなければならないと思っているところである.

今回,車と環境というテーマでの発言を許されたことから,都市計画法による道路整備と大気汚染とについて,環六とその地下の中央環状新宿線の問題に取り組んでいる立場から意見を述べたい.

発言の趣旨は,都市計画法での道路造りにおいては沿道環境の保全を考えなくてよいという行政側の法律解釈を改めていただきたい,その上で,車線を削ってでも交通量を減らし,その分沿道環境の保全を図っていただきたいというものである.

 

T.大気汚染問題の広域的な側面と局所的な側面

都市計画法がめざす良好な都市環境があくまで一般環境のことであって,道路沿道環境の保全を個別具体的に考慮するものではないとする解釈を前提にすると,大気汚染の問題は,総合的な広域的環境対策と,各道路沿道での局所的な対策とに分けて考える必要がある.

例えば東京都の地域公害防止計画,環境管理計画,自動車公害防止計画には大気汚染対策としてかならず環状道路等の整備が上げられている.その結果,道路建設はすべて環境対策として位置付けられているのであり,その場合の環境対策とは広域的な総合的なものであるから,個別の事業について環境対策としての評価は行なわれない.都市計画全てが完成すれば問題が解決するという趣旨であろう.そうした政策を野放図に続けて来た行きつく先として今日の大気汚染の状況が生まれて来たといえる.

一方,都市計画法が道路沿道環境の保全を考慮していないという解釈は,アセス条令制定以前の道路作りにおいてはもちろん,その時代に計画決定された事業についても,条令を適用せず,対策を欠いたままの道路作りが今もなお行なわれていることに結びついている.つまり都内の道路はほとんど沿道局所対策のないままに造られたのであるが,道路網がこれほどまでに張りめぐらされている現状の中では,そのことは広域的な大気汚染の状況に直結しているのである.

総合的広域的な側面と,沿道での局所的な側面とはこうして密接に関わっているのであるが,ここでは便宜的に両者を分けて提言したい.

 

U.広域的な対策としての交通量の削減とその方法

1992年6月にいわゆる自動車NOx法が公布されたが,東京の大気汚染の状況は現在にいたるまで全く改善のきざしが見られない.これは,同法が多くの関係者の期待を裏切って,自動車の総量規制を排除してしまったからといえる.その意味で,石原知事の公約であり,現在検討されている都心への流入制限は,極めて有意義な,大いに期待できるものといえる.問題はどのようにして実現するかである.交通容量を保ったままでの交通量制限では,大気汚染改善は望めないのではないか.

 

1.現在の交通量需給バランス

現在の交通量は,自動車を利用することによるメリットと渋滞というデメリットのバランスで成り立っている.渋滞が緩和したなら自動車を利用したいという潜在的な需要は高いものと思われる.ということは交通容量を保ったまま,つまり自動車が走れる道路が十分に整備されているままに,例えばロードプライシングなどにより自動車の数を減らそうとするのは相当困難であろう.結局容量いっぱいの自動車が走ることになるのではないか.

 

2.渋滞緩和と大気汚染軽減

交通渋滞の解消には数パーセントの交通量の減少で十分であると考えられているが,大気汚染の観点からすれば,その程度の走行台数の削減による効果は十分なものとはものとはいえない.特に二酸化窒素についていえば,既に相当程度汚染が進んでいるところでは,窒素酸化物排出量の総量削減は,一酸化窒素から二酸化窒素への変換があってそれに比例する二酸化窒素濃度の低下には結びつかないから,目に見える形での大気汚染の改善効果は得られないものと思われる.つまり,大気汚染の改善は交通容量を保ったままでは実現できないものと考える.

 

3.交通容量低減のための車線削減

交通容量を削減するにはどうしたらよいだろうか.道路を通行止めにするというのは,現にそこで生活している人のことを考えると困難だから,車線の削減しかない.東京23区の道路延長は11,000キロメートル以上,生活用道路である区道が大部分で,幹線道路,すなわち片側2車線,往復4車線以上の道路は1,000キロメートル程度である.しかし,これらの道路で片側1車線ずつを削減したら交通容量は大幅に減少する.

現実問題として,停車帯が整備されていないために駐車中の車で1車線使えないという道路は数多くある.駐車車両がないところでは車線が広がるので,かえって交通が混乱し,渋滞が生じている.停車帯を整備しつつ車線を減らすのであれば緊急車両にも対応できるのではないか.

 

4.新規道路における車線数

同様のことは新規道路についても当てはまる.というより新規道路だからこそ最初からそうした対応も容易なはずである.例えば現在6車線で計画されている環六拡幅は,4車線で十分なはずであるし,そうでなければ停車帯もできず,後述の沿道環境対策もできないのである.

5.車線削減後の新たな交通体系のあり方

交通量の削減には,物資輸送の合理化,モーダル・ミックス,モーダル・シフト等に向けての対策,さらにはカープール制などの相乗り対策の導入,公共交通機関への転換の誘導など,いくつもの方策が検討されている.しかし,これらはお題目を唱えていて実現できるというものではない.車線の減少による交通容量の減少という事態を迎えれば,おのずからそうした対応が生まれて来るのではないか.

 

6.車線削減の大気汚染改善効果

車線削減では渋滞緩和の効果は望めない.しかし,厳密な計算はできていないが,全体として数10%の交通削減効果があると思われる.そしてそれは確実に大気汚染の改善につながる.

 

V.局所的な対策としての環境施設帯と大気浄化装置

先に述べたように,都市計画法による道路作りでは,沿道での局所環境の保全を考慮する必要がないと考えられている.したがって,環境と車と関係を考えるためには,広域的な対策とは区別して局所対策も考える必要がある.しかしまずそのような都市計画法の解釈は正しいだろうか.

 

1.都市計画法の解釈と国道43号線訴訟判決

都市計画法は良好な都市環境を造ることを目指した法律だが,ここにいう良好な都市環境とは広域的な一般環境のことで,道路沿道での個別具体的な環境は対象としていない.このことは私たちが受けた東京高裁の判決で明確になっている.その判決は「都市計画法にいう良好な都市環境には,道路沿道住民の身体・生命の保護は含まれない」といいきっている.現在最高裁に上告中だが,少なくとも行政側がこのような解釈で都市計画を進めて来たことは確かである.昭和25年に都市計画決定された環六の拡幅計画を,40年後の平成3年になって,周辺環境への影響の予測調査も沿道環境対策も一切拒絶したまま着工することができるのもそのためである. 一方,1995年7月の国道43号線訴訟最高裁判決は,沿道の被害を予測し回避するのは事業者の義務であると明確に規定している.つまり法律がどうであれ,沿道環境の保全は行政の義務なのである.沿道環境保全に配慮していない良好な都市環境などありえないのである.

 

2.環境施設帯

昭和49年(1974)の建設省都市局長,道路局長通達「沿道道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準について」により,両側10メートルずつに植樹や遮音壁を施し,地域住民用の側道を作ることで沿道環境の保全を図るのが環境施設帯である.現在,都道調布保谷線などで実施されようとしているが,前述の車線の削減により,どの道路においても実施が可能となるのである.

 

3.大気浄化装置

一旦大気中に放出された汚染物質を浄化するのは極めて困難であるが,現在いくつかの有効の手段が開発されている.それが土壌脱硝装置と光触媒装置である.

大阪府が数年前に道路沿道で試験し,現在,生駒山トンネルで実用化している土壌脱硝装置は,ある程度の面積を必要とするものの,汚染された空気を土壌中を通すだけの極めて単純な装置であり,すべての汚染物質をほぼ完全に除去することが可能な極めて効果の高い装置である.車線の削減により確保される環境施設帯の植栽を利用して土壌脱硝装置を造ることが沿道の環境対策として極めて有意義であり,大いに活用すべきである.特に,現在建設中の中央環状新宿線や構想中の外郭環状線は地下高速道路となるため,トンネル内の高度に汚染された空気を土壌を通過させて排出することにより,沿道対策としてのみならず,広域的な総合的な大気汚染対策としても有効である.

一方,二酸化チタンを利用した光触媒装置はビルや高架道路の壁面などを利用できるため,汚染がひどい交差点などに有効である.紫外線ランプとの組み合わせにより地下高速道路の換気塔にも適用可能であり,土壌脱硝が適用できない場面での大気汚染対策となり得る.大いに活用するべきである.

 

W.具体的な事例として,環六高速道路の沿道環境保全策の提案

我々は10年以上にわたって環六拡幅と地下高速道路中央環状新宿線建設の2事業の環境問題に取り組んで来た.以上の提言は,具体的な事例としてこれらの事業の環境影響を低減させることをめざす中から出て来たものであり,そのことを引用しつつ述べて来た.最後にこれらの事業に関してこれまで提案してきた環境対策をまとめて記し,その実現を要望しておきたい.

 

1.排気ガスの処理をせよ

現在の計画では,地下高速道路内の窒素酸化物濃度にして2〜3ppmという高度に汚染された空気は,高さ45メートルの換気塔からそのまま吐き出される.これについて環境庁長官の意見もあり,東京都や首都高速道路公団としても大気浄化装置を検討してきてはいるが,いまだに導入を決意していないのである.

 

@土壌を利用した大気浄化装置を導入せよ

ここ数年の間に土壌を利用した画期的な大気浄化装置(以下,土壌大気浄化装置と呼ぶ)が環境庁と大阪府とにより開発された.浄化能力,経済性等あらゆる点で,これまで検討されてきた各種装置の中でも最高の性能を有していることは,昨年3月の報告書や,生駒山山頂の現場の見学を通じて確認している.最大の欠点であった多くの面積を必要とする点も階層方式などにより克服できる.東京都や首都高速道路公団も資料等を入手して検討しているようだが,本件事業への導入を早急に決定すべきである.

なお,土壌大気浄化装置は,ユニット化した小型のものを連続して設置することとし,集中的な排気処理方式はとらない方が建設費の上でも維持管理の上でもはるかに優れている.都市計画決定により9ヵ所の換気所を設けることとなっているが,多数のユニットからなる大気浄化システムの全体を9つに分けて管理することにより,それぞれを独立の換気所と考えれば事足りるのである.

 

A換気塔計画を廃止せよ

土壌大気浄化装置は浄化能力が優れているだけではない.排気ガスを地表の植栽部分から排出すれば足りるので換気塔が必要なくなるのである.本件道路事業の周辺は,沿道こそ近隣商業地域等になっているが,その背後は住居系の地域となっている所が多い.多くの住民が懸念しているのは,目に見えない大気汚染より,住宅地にそぐわない,周囲を圧倒する高さ45メートルの換気塔の異様な姿である.土壌大気浄化装置なら換気塔は不要である.換気塔を前提とした計画を改め,換気塔計画を廃止すべきである.

 

B地上交通による排気ガスもトンネル内で処理せよ

地下高速道路の換気には,換気塔から地上20メートルの空気を取り入れるという.これを地表付近の空気を取り入れて,地下道路の交通による排ガスと共に土壌大気浄化処理を施し排出する形にすれば大気汚染の積極的な改善につながる.土壌大気浄化装置からの排出を歩道側から行なえば,環境対策としての効果もさらに増して,沿道住民にとっても極めて有益なものとなる.

地表付近(例えば地上0.5メートル)の空気では汚染されていて換気には不適切であるともいわれる.たしかに環六沿道の汚染は環境基準を大きく超え,一般の生活環境としては極めて不適切なものであるし,将来さらにひどくなると予想される.しかし,いくらひどくても0.2ppm程度と推定される窒素酸化物濃度は,地下高速道路内のそれが2〜3ppmにもなる劣悪な環境であるのに比べれば問題があるとは考えられない.歩道を通るうば車の赤ん坊が吸う空気では汚れすぎているというのなら,地上の空気の浄化する方策をより真剣に考えるべきなのである.

 

2.環境施設帯を設置せよ

国道43号線訴訟,西淀川道路公害訴訟,川崎公害訴訟と道路公害をめぐる裁判で,道路管理者の責任を厳しく断罪する判決が続いたことを受けて,建設省は環境に配慮した道路作りという方向を明確に打ち出してきた.道路沿道の環境保全のための環境施設帯は,昭和49年の建設省都市局長,道路局長通達「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準」によるもので,決して最近のものではないが,その積極的な活用が求められるのである.

環境施設帯とは,良好な住環境を保全する必要がある場合に,車道端から各側10メートルの用地を取得し,植樹帯・遮音壁・副道等を設置するものであり,用地の取得にあたっては原則として都市計画決定を行なう,というものである.当初から環境施設帯の設置を考えていたわけではない本件道路事業において,設置するに法律上なんらの障害もないことは明らかであるが,この通達に依拠するか否かは関係なく,それに相当する施設ができればよいのである.以下,そうしたものとして環境施設帯という言葉を用いる.

唯一障害となり得るのは,片側3車線という当初の計画通りにするとそれだけの余地がない,という問題がある.しかし,車線数は都市計画決定により定められた「構造」に含まれておらず問題とはならない.さらに,以下のように副道を設ける形にすれば片側3車線という規格も満たすものとなる.

具体的な環境施設帯の構造については以下のようなものとする.

幅員構成は,環境施設帯は概ね各側12メートルとする.車道は上下線各7メートル,中央分離帯は2メートルとする.

環境施設帯には,幅4メートルの歩道と,土壌大気浄化装置の排気口となる幅5.5メートルの植栽,そして通過交通の用に供しない幅2.5メートルの副道を設ける.なお,浄化装置は2段構造にするなどにより,この幅の中におさめるものとする.植栽は高木と低木を組み合わせることにより,大気汚染,騒音の影響を最小限に止めるよう工夫すること.

地下高速道路の吸気口は中央分離帯上に連続して設置する.高さは0.5メートルとし,汚染の最もひどい空気を吸引するものとする.

 

3.地盤沈下,陥没など地形の変形に対する対応を十分にせよ

地下水脈の遮断は地盤の変形をまねき,地上の家屋への被害を生じさせることから,地下水脈を綿密に調査し,水脈を遮断することになる部分は迂回のための地下水路を構築するなどの対策をほどこす必要がある.なお,地下水脈調査の結果を公表するとともに,地元と協議し工事協定を結ぶこと。

地下工事による被害に対し適正な補償措置,賠償が行なわれるよう,道路周辺の広い範囲にわたって家屋調査を行なう.その範囲は地元との工事協定の中で取り決める.各家の調査結果は副本を各戸別に配付し,行き違いのないようにする.

 

4.インターチェンジ設置を撤回せよ

中落合3丁目付近に計画されている,中央環状新宿線と高速10号線とのインターチェンジは,本件事業とは無関係であり,一切作るべきではない.この件については,地元住民からの反対の陳情を新宿区議会でも全会一致で採択したという経緯もある.

 

5.工事中の被害にも十分な対策をとれ

工事にともない騒音,振動などが予測されるが,事前に地元と工事協定を結び遵守する.その際,協定の内容が公害防止条令に適合したものであることはいうまでもないことである.

 

6.環境変動の監視システムとしてモニタリングポストを設置せよ

大気汚染,騒音,振動に関するモニタリングポスト(環境監視装置)を新たに作り,もし基準値を超えた場合にはすみやかな対応策を講ずること.設置場所については事前に充分協議する.

 

7.地元との協議会を設置し,諸問題を協議せよ

道路問題に強い関心をもって地元で活動している団体等で希望するものとは協議会を設置して,提起的に情報を公開し,諸問題について協議するものとする.

 

終わりに

東京都では平成5年2月に「自動車交通量対策の推進をめざして」,同年4月「窒素酸化物対策の目標を達成するために」を取りまとめ,様々な交通量削減策が提言されている.しかし,その後こうした提言の実現のための議論は立ち消えになってしまい,総合的な大気汚染対策はほとんどなされて来なかった.むしろ逆に新たな汚染源の発生につながる道路整備を環境保全対策であると強弁するといった政策がとられてきたのである.

一方,沿道環境保全については,環六拡幅のように,多くの道路で沿道の被害を予測し回避する義務を完全に放棄したまま事業が進められ,しかも沿道住民の声を一切黙殺するという強権的な対応が進められて来たのである.そうした個々の事業の積み重ねの結果,現在の東京の大気汚染の状況が生まれて来たということもできる.

こうした意見の聴取は画期的である.今度こそ真に実効性のある環境対策に取り組んでいただきたい.

 

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