都市計画道路の変更(都市高速道路中央環状新宿線)に対する意見

1999年2月1日


目黒区駒場地区では,住宅地の直下わずか数メートルの所を,直径13.5メートルの巨大なトンネル構造の道路(高速3号線への連結路上下線)が2本通る予定だった.しかし,10年あまりにわたる地域住民の粘り強い運動の結果,都と公団はこの計画を断念,都市計画を変更することになった.反対運動に関わった皆様には心からのお祝いを申し述べると共に,道路公害に反対している私たちにとっても駒場の方々の運動が大きな支えになってきたことを感謝したい.

この都市計画変更に伴って,私たちは再び本計画に対する意見を述べる公式の機会を得た.以下,環六高速道路に反対する会として提出した意見書を紹介する.


T. 現状での道路建設は違法であり,事業に反対せざるを得ない

 騒音や大気汚染公害の被害者から提起されていた国道43号線訴訟に対し,最高裁判所は1995年4月,道路管理責任者である国と阪神高速道路公団の責任を明確に認める判決を下した.その判決の中で注目すべきは,こうした被害は建設前から予見し,回避することが可能であったのにそれを怠ったとしている点である.本件都市計画道路事業をいかに進めるべきなのかを考える上で,この判決は決定的な意味をもつはずである.

 

1.被害の予見

 この判決にそって,まず被害の予見という観点から本件道路を検証する.

 本件地下高速道路建設は地上の都道環状六号線(山手通り)拡幅と一体不可分のものである.幅員22メートルの現道の地下に最大38メートル幅の地下道路を建設することは不可能であり,実際,山手通り拡幅も首都高速道路公団が行なうのである.そして,この山手通り拡幅は環境影響評価(アセス)を行なっていない.東京都の環境影響評価条令によるアセスを行なわなかったという点は,条令の解釈ということで容認される余地がないわけではない(その解釈が誤りであるとの我々の主張を取り下げるものではない).しかし,我々が提起していた調停申請(平成2年(調)8号)に関する東京都公害審査会における調停手続きの中で,条令の手続きによらない形での大気汚染等の将来予測を求める要望を,「実質的にアセスの実施を求めるものである」等の理由で断固拒絶した.このような被害は当然予見できたはずである,という最高裁判決が下されたという事実がありながら,そもそも被害の予見など始めから必要はないのだ,と居直っているのである.この点において道路事業者である東京都,首都高速道路公団の違法性は明確である.

 地下高速道路中央環状新宿線はまがりなりにもアセスが実施された.しかし,その内容は極めて杜撰な,恣意的な,単なる数値合わせに過ぎないものであった.これについてはこれまでにも多くの観点から指摘してきたが,特に二酸化窒素予測手法の理論的な誤りと,バックグラウンドの将来予測にもちいた環境庁の新中期展望(1989年12月)の数値の扱い方の誤りについては,我々が起こし,現在最高裁で継続中の裁判の中でも明確に示したところである.後者については,都内の大気汚染環境基準を1993年までに達成させるための強力な施策を提案したに過ぎないのに,アセスでは1993年には大気汚染の基準が達成されるものとして将来予測を行なっている.新中期展望の内容が正式に政策として決定されたのならともかく,アセス策定の時点(1990年7月)でそうした提言が実施に移される見通しなど全くなく,事実,窒素酸化物対策は大幅に遅れ,しかも骨抜きになったのである.そして,1999年の時点においてさえも大気汚染の状況が改善されるという兆すら全く見られない状態が続いているのである.1990年の時点で,アセスが示したように1995年には環境基準が達成され,2000年にはさらに改善される,などという予測が成立し得る状況は皆無であり,そのことはすべての人が容易に認識できたのである.それに新規道路建設・道路拡幅事業が加わればどのようなひどい汚染状況が生ずるのか「予見可能」であったのである.

 

2.被害の回避 

 上のように,被害の予見可能性は明白である.では事業者は被害の回避の努力をしただろうか.

 本件高速道路は地下に建設される.地上の高架道路に比べれば騒音,振動などかなりの改善であることは間違いない.大気汚染はどうだろうか.今回の変更でさらに1ヵ所増えて,全線で9ヵ所の換気所に設置される高さ45メートルの換気塔から地下の汚れきった空気を無処理のまままき散らすだけであり,決して被害の回避にはつながっていない.特に,風が強い日にはダウンウォッシュ,ダウンドラフトにより高濃度の汚染物質を含む排気に直接さらされる部分ができるなど,局所的な深刻な影響も心配されている.

 環境庁長官も「地域の大気汚染を憂慮し,大気汚染物質の除去装置の導入を図るよう最善をつくす必要がある」としているし,新宿区都市マスタープランにおいても「低濃度脱硝装置の導入を図るなど,大気汚染への十分な対策を要請する」としている.これらの被害の回避に関する意見が寄せられていたという事実,計画発表から11年,事業の認可・承認から8年という十分な検討期間,そしてその間の技術の進歩,特に土壌を利用した大気浄化装置の実用化,といった事態があったというのにいまだにそうした装置の導入を決定していない.被害の回避という義務を放棄しているのである.

 一体不可分の環六拡幅事業も同様である.というよりさらに悪質である.国道43号線判決を受けて,建設省でも沿道環境に配慮した道路構造を真剣に考え始めており,様々な政策が示されているが,本件事業はなんとかそれ以前に環境への配慮など無視した古い考えかたの道路作りを強引に進めてしまおうという姿勢が明確に読み取れるのである.住宅地を通る40メートル道路で,環境施設帯や住民生活用の側道はおろか,停車帯すらなしの6車線という構造はあまりに非常識なものといわざるを得ない.被害の予見も回避も関係ないのである.

 

3.違法道路は中止せよ

 以上論じてきたように,地下高速道路も地上の拡幅も,被害の予見,回避という道路事業者に課せられた義務を完全に放棄したものである.これらの事業が”都市計画法”に違反したものであるかどうかは現在もなお最高裁で係争中であるが,民法上の観点からは国道43号線最高裁判決に合致しない違法なものであることは明白である.すべての手続きをただちに取り消し,道路建設を取り止めなければならない.

 

 

U.我々の提示した調停案に従い,環境に配慮した適法な道路作りを目指せ

 以上の様に本件道路は周辺環境への配慮を欠いた違法なものである.しかし,道路構造を改めれば違法ではなくなる可能性もある.我々が公害審査会で提示した調停案がそれであるが,その後の技術進歩と,当時念頭になかった昭和49年の建設省都市局長,道路局長通達「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準」等を勘案して,地上拡幅も含めて以下の様な道路作りを求めるものである.

 

1.排気ガスの処理をせよ

 現在,地下高速道路内の窒素酸化物濃度にして2〜3ppmという高度に汚染された空気は,高さ45メートルの換気塔からそのまま吐き出される.これについて環境庁長官の意見もあり,東京都や首都高速道路公団としても大気浄化装置を検討してきたことは承知している.しかし,いまだに導入を決意していないのである.

 

@土壌を利用した大気浄化装置を導入せよ

 ここ数年の間に土壌を利用した画期的な大気浄化装置(以下,土壌大気浄化装置と呼ぶ)が環境庁と大阪府とにより開発された.浄化能力,経済性等あらゆる点で,これまで検討されてきた各種装置の中でも最高の性能を有していることは,昨年3月の報告書や,生駒山山頂の現場の見学を通じて確認している.最大の欠点であった多くの面積を必要とする点も階層方式などにより克服できる.東京都や首都高速道路公団も資料等を入手して検討しているようだが,本件事業への導入を早急に決定すべきである.

 なお,土壌大気浄化装置は,ユニット化した小型のものを連続して設置することとし,集中的な排気処理方式はとらない方が建設費の上でも維持管理の上でもはるかに優れている.都市計画決定により9ヵ所の換気所を設けることとなっているが,多数のユニットからなる大気浄化システムの全体を9つに分けて管理することにより,それぞれを独立の換気所と考えれば事足りる.

 

A換気塔計画を廃止せよ

 土壌大気浄化装置は浄化能力が優れているだけではない.排気ガスを地表の植栽部分から排出すれば足りるので換気塔が必要なくなるのである.本件道路事業の周辺は,沿道こそ近隣商業地域等になっているが,その背後は住居系の地域となっている所が多い.多くの住民が懸念しているのは,目に見えない大気汚染より,住宅地にそぐわない,周囲を圧倒する高さ45メートルの換気塔の異様な姿である.土壌大気浄化装置なら換気塔は不要である.換気塔を前提とした計画を改め,換気塔計画を廃止すべきである.

 

B地上交通による排気ガスもトンネル内で処理せよ

 地下高速道路の換気には,換気塔から地上20メートルの空気を取り入れるという.これを地表付近の空気を取り入れて,地下道路の交通による排ガスと共に土壌大気浄化処理を施し排出する形にすれば大気汚染の積極的な改善につながる.土壌大気浄化装置からの排出を歩道側から行なえば,環境対策としての効果もさらに増して,沿道住民にとっても極めて有益なものとなる.

 この意見に対して公団は,地表付近(例えば地上0.5メートル)の空気では汚染されていて換気には不適切である.たしかに環六沿道の汚染は環境基準を大きく超え,一般の生活環境としては極めて不適切なものであるし,将来さらにひどくなると予想される.しかし,いくらひどくても0.2ppm程度と推定される窒素酸化物濃度は,地下高速道路内のそれが2〜3ppmにもなる劣悪な環境であるのに比べれば問題があるとは考えられない.歩道を通るうば車の赤ん坊が吸う空気では汚れすぎているというのなら,地上の空気の浄化する方策をより真剣に考えるべきなのである.

 

2.環境施設帯を設置せよ

 国道43号線訴訟,西淀川道路公害訴訟,川崎公害訴訟と道路公害をめぐる裁判で,道路管理者の責任を厳しく断罪する判決が続いたことを受けて,建設省は環境に配慮した道路作りという方向を明確に打ち出してきた.道路沿道の環境保全のための環境施設帯は,昭和49年の建設省都市局長,道路局長通達「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準」によるもので,決して最近のものではないが,その積極的な活用が求められるのである.

 環境施設帯とは,良好な住環境を保全する必要がある場合に,車道端から各側10メートルの用地を取得し,植樹帯・遮音壁・副道等を設置するものであり,用地の取得にあたっては原則として都市計画決定を行なう,というものである.当初から環境施設帯の設置を考えていたわけではない本件道路事業において,設置するに法律上なんらの障害もないことは明らかであるが,この通達に依拠するか否かは関係なく,それに相当する施設ができればよいのである.以下,そうしたものとして環境施設帯という言葉を用いる.

 唯一障害となり得るのは,片側3車線という当初の計画通りにするとそれだけの余地がない,という問題がある.しかし,車線数は都市計画決定により定められた「構造」に含まれておらず(本件意見書募集の経緯より明白であり),問題とはならないのである.さらに,以下のように副道を設ける形にすれば片側3車線という規格も満たすものとなる.

 具体的な環境施設帯の構造については以下のようなものとする.

 幅員構成は,環境施設帯は概ね各側12メートルとする.車道は上下線各7メートル,中央分離帯は2メートルとする.

 環境施設帯には,幅4メートルの歩道と,土壌大気浄化装置の排気口となる幅5.5メートルの植栽,そして通過交通の用に供しない幅2.5メートルの副道を設ける.なお,浄化装置は2段構造にするなどにより,この幅の中におさめるものとする.植栽は高木と低木を組み合わせることにより,大気汚染,騒音の影響を最小限に止めるよう工夫すること.

 地下高速道路の吸気口は中央分離帯上に連続して設置する.高さは0.5メートルとし,汚染の最もひどい空気を吸引するものとする.

3.地盤沈下,陥没など地形の変形に対する対応を十分にせよ

 地下水脈の遮断は地盤の変形をまねき,地上の家屋への被害を生じさせることから,地下水脈を綿密に調査し,水脈を遮断することになる部分は迂回のための地下水路を構築するなどの対策をほどこす必要がある.なお,地下水脈調査の結果を公表するとともに,地元と協議し工事協定を結ぶこと。

 地下工事による被害に対し適正な補償措置,賠償が行なわれるよう,道路周辺の広い範囲にわたって家屋調査を行なう.その範囲は地元との工事協定の中で取り決める.各家の調査結果は副本を各戸別に配付し,行き違いのないようにする.

 

4.インターチェンジは設置しない

 中落合3丁目付近に計画されている,中央環状新宿線と高速10号線とのインターチェンジは,本件事業とは無関係であり,一切作るべきではない.この件については,地元住民からの反対の陳情を新宿区議会でも全会一致で採択したという経緯もある.

 

5.工事中の被害にも十分な対策をとる

 工事にともない騒音,振動などが予測されるが,事前に地元と工事協定を結び遵守する.その際,協定の内容が公害防止条令に適合したものであることはいうまでもないことである.

 

6.モニタリングポストにより環境の変動を監視する

 大気汚染,騒音,振動に関するモニタリングポスト(環境監視装置)を新たに作り,もし基準値を超えた場合にはすみやかな対応策を講ずること.設置場所については事前に充分協議する.

 

7.地元との協議会を設置し,諸問題を協議する

 道路問題に強い関心をもって地元で活動している団体等で希望するものとは協議会を設置して,提起的に情報を公開し,諸問題について協議するものとする.

 

以上

 

 

戻る