No.170
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なべやま/753m
岐阜県高山市
四天王神社から登る


<鍋山頂上の本丸蹟>

[鍋山城は三木一族から金森一族へ]
応永年間、三木正頼は南飛騨の竹原郷に興り益田郡を横領し、その後、数世をへて三木一族は高山盆地に侵入しました。松倉城は飛騨一円を一時期支配した三木自綱(みつきのりつな)の居城です。弟の三木顕綱(あきつな)は鍋山豊後守の養子になり、鍋山城の城主になっていたが、兄の自綱に謀反の疑いをかけられ殺されました。その後、自綱の三男、三木季綱が城主になるが、金森可重に攻められると、季綱は兄の秀綱のいる松倉城に逃げ、運命を共にします。鍋山城は城山が中心になるまでのわずかの間、金森一族の城になりました。


2002年1月17日(木) 天候出発時晴れ。
登山口:岐阜県高山市漆垣内町/ 高山市の国道158号の松之木町で右折し、国道361号に入り、漆垣内町北東の四天王神社の登山口から登る。神社に数台駐車場可。
メンバ−:単独

※写真は四天王神社の左側にある登山口です。
 
 
[行程およびタイム]
登山口−−(1時間)−−鍋山−−(35分)−−登山口


※雪の時期でなければ30分くらいで登れると思います。

四天王神社の階段を下ると、正面の左側に登山口がありました。狭い谷に沿って一筋の登山道がのびていて、雪の上には人の足跡がありました。今は狩猟期間なので犬の足跡が一緒にあると要注意なのですが、その心配はなさそうでした。今日は暖かいので、雪解けの水を集めて谷川の水がちょろちょろ流れています。林道に合流し、足跡に沿って林道をしばらく歩くと分岐になりました。林道と別れて左にはいると積雪40pくらいの足跡のない登りになりました。ところどころに石柱が立っており武家屋敷の蹟のような平面があった。さらに登り明るい雑木林の斜面に出ると、ウサギの足跡や、カモシカと思われる偶蹄類の動物の足跡がありました。動物達の足跡観察は冬山登山の楽しみです。急な登りのあと尾根に出ました。
山麓の四天王神社
登り始めのスギ林

尾根から右の登山道が本丸方向です。トラバ−ス気味に高度を上げると、倒れ込んで通せんぼしている木がありました。急斜面を迂回しましたが、雪が緩んでいるので雪崩が要注意です。慎重に通り過ごすと、わずかに雪中に石垣が見えるところに出ました。向きを変えて石垣を上ると、山頂にしては長細くて広い処に出ました。アカマツが林立しており、説明看板、本丸石柱、標柱などがありました。北西方面は切り開かれて展望がよくなっていましたが、遠くの山は雲に隠れていて見えませんでした。多分、流葉山方面の山が見えるのではないかと思いました。眼下には国道158号が走り、新しい住宅団地が見えました。高山市も都会と同じようにド−ナツ化現象で、郊外に住宅を構える人が多くなっているようですね。低い山ですが歴史の山に登れてよかったです。
鍋山の頂上
頂上から北西の眺望

帰りは登りと同じコ−スを下りました。


余談1・・・昨年、158号に面する骨董屋の隣から登頂を試みましたが、途中から凄いヤブになってしまいました。この山を甘く見て、装備をしていなかったので登頂をあきらめました。2.5万地図では158号から点線が引いてありますが、今は廃道になっているようです。

余談2・・・今日は高山に所用があったので、ついでにこの山に登りましたが、1日かけるのなら、松倉山とこの鍋山を歴史登山するといいでしょう。

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