No.298,9
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黍生山(きびゅうやま 374m)
飯盛山(いいもりやま 254m)
山の位置:愛知県豊田市足助町



 


2007年3月23日(金) 天候出発時晴れ。
登山口:愛知県豊田市足助町、下の地図参照。飯盛山はカタクリ群生地から登れます。黍生山は足助新橋北交差点のすぐ上の林道から登れます。
駐車場は香嵐渓だからいっぱいある。ただし、有料で500円だった。トイレはあちこちにある。
[行程およびタイム]>

まず飯盛山
登山口−−(約30分)−−飯盛山ーー(約30分)−−登山口


つづいて黍生山
香嵐渓巴橋ーー(20分)−−足助新橋北交差点−−(約1時間)−−黍生山
ーー(約40分)−−足助新橋北交差点ーー(20分)−−香嵐渓巴橋










<まずは飯盛山>
足助大橋から眺めた飯盛山

きょうは予報によればいい天気だし カタクリは見ごろとの情報を得て足助町まで足をのばした。 香嵐渓に着くと 最もいい場所の駐車場はすでに満車で、おばさん達の案内で 少し離れた所に駐車した(駐車料金500円)。
斜面の山道を少し登ると 群生地だった。しかし、カタクリは陽が高くならないと下を向いてすぼんだままなので 先着の皆さんは待ちぼうけ。私はその間 飯盛山頂上まで行くことにした。



頂上への登山道は 下の写真のように階段登りだ。カタクリは下の斜面だけで 上にはない。咲く時期が違うフクジュソウなど植えてみたらどうだろうか。 要所々々に夜間照明の器具が設置してあったが、秋のモミジの時期に点灯されるのだろう。照明は川べりだけだと思っていたが、全山だとは知らなかった。

頂上は割合と広く大きな展望台の東屋があった。傍らの説明板によると、昔 この山には経典や鏡、刀などを地中に埋納した経塚があったということだ。 また山城もあったということだから それなりの雰囲気のある山頂だった。北側の小高い山に足助城が見えたが<またの機会に行ってみたい。




頂上を楽しんだあと、カタクリのところへ戻ったら、咲き始めており、皆さんと共に撮影を楽しみました。



余談・・・今回 この地を訪れたのは カタクリが誘因だったが、カタクリは10数年前 観光協会が中心になって 種植えから始めたと聞いている。 今では山の斜面に咲いているカタクリが目当てで訪れる人がいっぱいだ。秋のモミジは江戸時代にお寺の和尚が植えたものだそうだが、それをヒントにしたかどうかはわからないが カタクリ育成は まさに当を得た観光政策ですね。

登山していると 各地域に山城跡があり 説明看板で歴史をひも解いてみると面白い。ここでは飯盛城を中心にしていわゆる足助七城なる山城があったというが、武田氏、徳川氏の時代に関係していてるようだ。ここを舞台とした小説や映画があれば さらに深入りしたくなりますね(^^)。










<続いて 黍生山>
飯盛山山頂付近から見た黍生山

香嵐渓を楽しんだあとは 巴川橋を渡り 足助七城の一つ黍生城のあった黍生山登山のため153号を下った。足助大橋では河原の藪でウグイスが鳴いているのが聞こえた。 途中で若い女性に登山口を尋ねるが要領を得ない。足助新橋まで来て 橋を渡ろうとしている自転車の年配の方に聞いて どうにかわかった。

足助新橋北交差点から山側に進むと すぐ左に自動車が通れる細い林道があった。山間の畑を見ながら上がると 道脇にヒノキ林も見られるが、欝蒼とした薄暗い竹林があちこちに現れた。よく手入れされた飯盛山を登った後だけに その差を感じた。

林道が2つに分かれるところには 黍生山方向への道標があった。それに従って左に進むと竹藪がなくなり やっとのことで気持ちのいい明るい林道になった。ホオジロのさえずり聞き カケスが目の前を飛んだりするのを見かけ 山歩きのムードが高まった。 しかし、上部になると土が流れて深く溝があるところもあり あまり使われていない林道だなと感じた。峠に差し掛かると右側に山頂への標識があり ここからは林道から離れ 登山道になった。
林道分岐の標識
峠にある頂上への標識

落ち松葉で滑りやすい登山道を10分ほど登ると頂上だった。頂上には 三角点のほか 立派な山名板、黍生城の由来看板、台付き大双眼鏡などあった。 この山頂からは名古屋、伊吹山、御嶽山などの眺望はあるところだが、近場の山以外 春霞で遠望がきかなかった。

帰りは登りと同じ林道で帰ったが、他方向からの登山道がある山なので 次に登るときは別のルートから登りたいと思っている。
三角点
猿投山



余談・・・黍生山の山名の読みは覚えにくかったが、辞書で調べると「黍」は五穀の一つ 「キビ」であることが分かった。戦後間もない頃 キビは食料としてコメに混ぜて炊いて食べたような記憶がある。 ちなみに 広辞苑によると 五穀とは 米、麦、豆、粟(あわ)、黍(きび)または稗(ひえ)とある。今回は学習し(^^)、 山名の意味が理解できてよかったと思っている。

根元が大きく露出した三角点があったが、修復するには 掘って埋めなおすと三角点の頭の平面が低くなって標高が変わるから 標石はそのままの状態で土を盛らないといけないのではと余計なことを考えた。 高さでいえば端にある巨大な大石のほうが2mくらいは高いから 山の高さは三角点では決まらないのですが。


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