2007年2月21日(水) 天候出発時晴れ。
登山口:国道365号の余呉町役場前交差点を東に進み、赤子山スキー場で右折し、林道を10分位上がると終点に登山口がある。
トイレなし。駐車場は5台くらい可。
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[行程および標準タイム]
登山口−−(約10分)−−分岐−−(約25分)−−呉枯ノ峰
−−(約20分)−−(分岐)−−約10分)−−菅山寺見学30分−−(約20分)−−登山口
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林道の中腹にも車を止め 歩く登山道があったが、時間の都合で終点から出発することにした。平坦な道を歩き始めると右のヤブ越しに余呉湖と雪の比良山系の山々が見えた。余呉湖は先日車で一周したが、桜の時期に散策してみたい所だ。
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| 林道終点の登山口 | 登山口から見える余呉湖と比良山系 |
少し歩くと入り口の案内にあったようにブナの木が目立つようになった。岐阜県の山では1000m以上の山でないと見かけられないような気がするが、ここは標高はそんなに高くないのに よく育っているなと思った。
分岐点は道なりに真っ直ぐ進めば呉枯ノ峰、左折すれば菅山寺である。右側はちょっとした展望があるので 賤ヶ岳から山本山の稜線、その向こうに光って見える琵琶湖などを楽しんだ。菅山寺は帰りに行くことにして まず呉枯ノ峰に向かった。
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| ブナの木 | 菅山寺分岐 |
なだらかな尾根ではあるが落ち枝が多く跨いで歩いたところもあった。昨年の冬この地域は 国の豪雪地域指定にされたくらいの大雪に見舞われたそうであるから、
そのときの枝折れが散らばったままなのかなと思った。アップダウンの途中 田上山への分岐があったが、この山は秀吉が柴田攻めのときに最初に陣をひいた山なので、低い山だが またの機会に登ってみたい山だ。この分岐から5分くらい登ると頂上だった。
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| なだらかな尾根道 | 田上山への下り標識 |
頂上には一等三角点があるが 周りは立ち木がいっぱいで展望はない。少し先からわずかに余呉湖が見えるだけである。展望がない尾根道だが、緑映える時期に歩けば気分爽快だろうなあと思った。小休止のあと 今登ってきた道を戻り 菅山寺に向かった。
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| 頂上の三角点 | 樹間からの余呉湖 |
<帰りは菅山寺へ>
分岐から菅山寺へは急な幅広の下り坂であった。左の山側にはブナの木が多く見られ ズボッと太く伸びた姿はなかなかいい。頼り甲斐のある山の兄ちゃんといった感じだ。
途中に分岐がありどちらから行っても菅山寺を周遊できるが、山門を早く見てみたかったので 左の道から行くことにした。
下って間もなくスギの大木、石地蔵などが現れ、菅山寺自然園、護摩堂、庫裡などがある お目当ての山門に着いた。しかし、このコース取りだと門の裏側から入ったことになるので、正面から門に入るには先の分岐を右に行くべきだったなあと気が付いたが後の祭り。
山門は本堂の正門ではないので 思っていたよりも質素で小さなものであったが、両脇に生えている樹齢1000年余りというケヤキの大木は見事であった。
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| ブナの木 | 門のケヤキの大木 |
山門の前を下ると左方向に行く中部北陸自然歩道の標識(大見まで約1400mとある)があった。ということはここへは大見からも登ってこられるということか。
右に下ると本堂と鐘楼があった。看板によると鐘楼の銘文には「菅原道真公(845〜903)は寺院を建立し、当山に不動明王を安置した。」とあった。最盛期は鎌倉時代だが、今の建物は江戸時代に立て直されたものだそうだ。
創建は奈良時代だから歴史のあるお寺なんだなあと感じ入った。地元の手でよく管理されている様子がうかがえたが、人が住んでいないことには 貴重な文化財も朽ちていくままになってしまうような感じがしてならなかった。
使い道を考えて 人と共に建物があるような方策がないものだろうかと思った。
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| 菅山寺本堂 | 菅山寺の鐘楼 |
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| 近江天満宮前の朱雀池 |
本堂前の階段を下り振り返ってみると 大木に囲まれてたたずむ本堂が泰然としており、何か語りかけているように思った。スギ、ヒノキの大木の間の道を下ると近江天満宮があった。
前の朱雀池は細波もなく山の静寂な雰囲気を溜め込んでいるかのように澄んでいた。
帰りは登りの坂道で、イノシシの掘り跡を観察したり、キツツキのドラムを聞いたり、岐阜県境の山々を樹間から眺めながら帰った。
結果論だが、菅山寺詣では中腹の分岐は 右の方から下り、朱雀池、本堂、山門と廻った方が順路だと思った。
<下山後撮影した琵琶湖のオオワシ>
| 北琵琶湖には2羽オオワシがいましたが、このオオワシは翌日 無事北帰行したようです。すばらしいフライトを何度も見せてくれて有難さんでした。
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余談・・・ここずーっと北琵琶湖の近くの山々を登ってみたが、いずれも戦国時代の武者達の面影を彷彿とさせるものがあった。
秀吉の北陸攻めには興味があるので 今後はそれに関係した山々は是非登って見たいと思っている。
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