No.294
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おおいわやま/****m
登山口:滋賀県伊香郡余呉町

登山口前の余呉湖



 



2007年2月16日(金) 天候出発時晴れ。
登山口:滋賀県東伊香郡余呉町
トイレは湖畔の数箇所にある。駐車は数台可。
 
[行程および標準タイム]
登山口−−(約10分)−−分岐−−(約30分)−−大岩山−−(約30分)−−登山口




登山口は余呉湖に面しており、戦国時代 山一帯が柴田勝家vs羽柴秀吉の古戦場だったため 立派な説明看板があった。登山口の傍らには地元の老人会の人たちが登山者のために準備した素朴な杖が何本も箱に入れてあり ほほえましく感じた。急登りの登山道には階段が設けてあり、それが尾根の分岐点まで延々と続いていた。
登山口
急な登山道




10分ほど登ると余呉駅方面からの登山道と合流した。ここから左に行くと岩崎山、右の行くと大岩山を経て賤ヶ岳である。きょうは時間の都合で大岩山まで行くことにした。登山道は尾根にあるので傾斜が緩く歩きやすかった。10分ほどで林道に出、少し歩くと左側に入る登山道案内標識があっった。  この山道には先日の雪が少し残っていて キツネと思われる小動物の足跡がついていた。
合流点
登山道




この山道の下には先ほどの林道が見え さらに上の方にのびていたが、地図に載っていないので どうゆう林道なのか分からなかった。 大岩山の頂上標示は見つからなかったが「青嵐大岩山」なる石碑があったので その辺りが大岩山なんだろうと思った。 奥には羽柴秀吉方の武将「中川清秀」の墓所があり、説明看板には柴田勝家方の武将「佐久間盛政」の奇襲にあい 奮戦したが力及ばず全滅した とあった。このあと秀吉側が勢力を盛り返し 柴田勢を北へ追いつめ 柴田勝家はお市の方と共に自刃することになる。これらは毎年どこかのTVの歴史ドラマで見ていて その様子が目に浮かぶ。
大岩山石碑
頂上の中川清秀墓所







<下山後撮影した琵琶湖のオオワシ>

いままで魚を捕るところは何回も撮影したが、水面の水鳥を捕るところは初めてだった。オオバンを狩るとの話はしばしば聞いていたので、 遠目ではオオバンかなと思っていたが、写真を大トリミングをしてみるとハジロカイツブリであった。




余談・・・このところ 山本山、賤ヶ岳、虎御前山、小谷山、大岩山など登ったが、いずれも戦国時代の戦いの場になったところあった。 各所にある説明看板を読むだけで タイムスリップして、歴史上の人たちが目の前にいるような気がして感慨深かった。

わが故郷の高山市で有名な金森長近公の名も 近くの行市山(今日登る予定であったが、積雪多く断念)の麓の「毛受兄弟の墓」の説明看板にあり、当時 長近は大野城の城主で 柴田勝家方に付いていたが、途中で秀吉方に変わったことも記されていた。 どちらに味方するかで 大きく運命が変わる 凄い時代だったなあと 今の世に生きる幸せをつくづく感じた。 

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