No.308
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かくよくざん/271.7m
登山口:滋賀県近江八幡市 湖北町

西の湖側から見た鶴翼山(中央左のピーク)



 
鶴翼山(別称 八幡山)は、 秀吉の甥である秀次が14歳の時 秀吉の養子になって後、18歳の時 八幡山城を 築城した山です。秀次の施政下、城下町は5年間で商人の町として目覚ましい発展を遂げました。

その後、秀吉に実子(のちの秀頼)が生まれてからは 秀次の存在は薄くなり、若干28歳で悲惨な最期を遂げることになりました。 そんな秀次が実質的に働いていた鶴翼山を辿ってみました。  


2007年12月6日(木) 天候出発時晴れ。
登山口:滋賀県近江八幡市
駐車場:八幡神社の前の道路脇は広い無料駐車場になってます。

 
[行程およびタイム]
登山口−−(約60分)−−鶴翼山ーー
−−(約50分)−−登山口






八幡神社の右下の山側は下の写真のようになっていて、特に表示はありませんが、山に向かって道が伸びているので、これが登山道だと直ぐに分かりました。 登山口の手前にはエノキ、ムクノキの大木あり、これらは私の地方では見られないので、その大きさに思わず見とれてしまいました。
八幡神社の裏口
登山道の入り口




登り始めは岩が露出してごつごつした細い道でしたが、しばらく登ると快適な道になりました。分岐点からは参道のように整備され、登りやすい石の階段があり、一服しやすいように木作りのイスが短い間隔でいくつもありました。
歩きやすい登山道
分岐点の簡易門、帰りはこの分岐から左へ下りました




登山道の左側に踏み跡があったので覗いてみると、ロープウェイ下が切り開かれていて、眺めが良くなっていた。近江八幡市のことはあまり知識がないのだが、まだこの地には何回か来る予定なので、市内見物をしてみたいと思っている。
近江八幡市街地
西南方向には三上山が見えた




急登りの後、平坦な道を進むと、直進方向と左折れ方向にそれぞれ簡易門があった。本命は左方向なので その平坦な登りをつめるとロープウェイの終着点に行きついた。 そこには大きな案内看板があり、その指示に従い左側からぐるりと回ることにした。古い石垣などからすると往時の山城の様子がうかがえ感無量であった。
案内の門
山城の石垣


目の覚めるような紅葉を見ながら進むと西の丸址に着いた。長命寺山の左側には琵琶湖が見え、その向こうには薄らと雪のかぶった比良山系が見えた。長命寺山は次回登ってみたい山なので、その山容から登山コースを想定したりしてひとときを楽しんだ。 つづいて北の丸址に向かった。ここからは西の湖の向こうに安土山はじめ低山があちこちに眺められ、いずれ登るぞという意欲が沸々と湧いてきた。 そのあと頂上の瑞龍寺門へお参りし、紅葉の参道を下って帰り道についた。
西の丸址からの眺め
北の丸址からの眺め



下山は ロープウェイ終点から、登りの時の道を下り、分岐からは公園側に下りました。 麓の公園はよく整備されており、秀次公の銅像は目の覚めるような紅葉につつまれていました。

この関白ように見える像は市民から寄贈されたものだそうだが、秀次の関白姿は ご乱行の終わりのころを思い出させて、可哀そうな気がしてならない。

それよりも秀次が近江八幡の基礎を作った5年間、野人のように土臭く生き生きとして町づくりを指揮した姿を銅像にしてやった方が、 遺徳を偲ぶのにふさわしいのではと思った。




余談・・・私は一昨年から琵琶湖に越冬のためやってくるオオワシなどの写真を撮ることに熱中しています。しかし、山登りも野鳥撮影に劣らずやりたいので、来たついでにあちこちの登りやすい低山を登っているわけです。 今回は秀次のいい面の業績を初めて知って認識を新たにしました。琵琶湖の周りには歴史に関係したいい山が沢山あるので これからも楽しみですね。




<下山後、近くのアシ野原での野鳥撮影>
アシ野原の上空を飛ぶチュウヒ


「警告 ゴミ捨てるな!」に止まるジョウビタキ


ホオジロ



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