駅弁対談

たかが駅弁、されど駅弁

山陽・九州編   


駅弁をこよなく愛する自称駅弁評論家の二人が、
駅弁に対する思い入れを語る私的駅弁寸評。
1987年の山陽・九州旅行で食べた駅弁を振り返る。




山陽編


中村 では、1987年の九州旅行の順序に沿って、食べた駅弁を振り返ってみよう。
 まず、山陽本線の相生駅で買った「瀬戸のしゃこめし」(900円)。日本一と言われる瀬戸内海のしゃこを堪能できる駅弁だが、しゃこもさることながら、「おっぺし」と呼ばれる五目ご飯の味がよかったね。個人的には、酢味噌であえたしゃこもうまかった。
遠藤 相生っていうと姫路のそばだっけ。瀬戸内のしゃこって旨いんだよなぁ。どっかの市場でおばちゃんが茹でたてをむいてくれたのも忘れらんない。
中村 確か、尾道だったね。
遠藤 あの辺のしゃこ取りって、筆でしゃこの穴をくすぐんだよね。しゃこは「うっふん」だか「このやろ」だかわかんないけど筆にくっついて出て来ちゃうらしいね、穴から。馬鹿なんだか人がいいんだか。それで、あの弁当の愁眉は、「お茶漬けでもいただけます」ってとこだな。しゃことご飯のだしがしみ出してきて。あー、食いてー!
 難をいえば弁当の形。浅くてさ。まぁふつうの駅弁型なんだけど、お茶漬けには絶対的に深さが足りないんだよ。せっかくおいしい汁を飲もうとすると、口の両脇からダァーってこぼれちゃう。あそこは何とかしてほしいな。お茶漬け用ミニお椀つけるとか。ラーメン屋のお子さま椀みたいに。
中村 うん、それはいいアイデアだね。いっそのこと、亀山駅の「志ぐれ茶漬け」(丼状の容器)みたいにしてもいいかもね。
遠藤 もう一つ、あの場合のお茶は、絶対ほうじ茶だね。例の駅売りのお茶とは言え、緑茶ではなんか気取り過ぎって感じでさ。なんだかんだ言って、瀬戸内は、というか山陽本線は、魚介類なんだよね。あっ、神戸は牛か。
中村 うん、瀬戸内海の魚は本当にうまい! だから駅弁にもうまいものが多いんだね。
 さて、次に私が食べたのが、徳山駅の「あなご飯」(700円)。これは、予想以上にうまかった! 深めの容器にあなごのだし汁で炊きあげたご飯が入っていて、その上にあなごの蒲焼きがびっしり!すでに味が付いているけど、濃い味が好きな方は、別添えのタレをかければさらにうまくなるんだ。姫路の「あなごめし」もかなりうまかったけど、こちらも負けていなかった。さすが40年以上続いている駅弁だね。
 関東では、あなごは寿司屋ぐらいでしか食べる機会がないから、いつもさみしい思いをしているけど、山陽本線で旅をしているとあなごを使った駅弁が多くて、どれにしようか迷う。しかも、どれもうまいから嬉しい!
遠藤 確かに、江戸前の代表選手なのに、寿司屋か天ぷらやでしか見ないもんなぁ。
中村 ところで、遠藤君はこの時、「みこしすし」(500円)を食べていたけど、どうだった?
遠藤 みこしすし?なんだっけ、全然覚えてない。どんなんだっけ?(資料を見る)あー、これね、やっぱわかんないや。だいたいこの資料でも、弁当の説明のうち半分がパッケージの説明だぜ。インパクト薄いのかなぁ。前回の九州旅行のノート見ても、俺の評価ではランキング外なんだよなぁ。伊藤君は3位にしてるけど。まぁ、駅弁にまずいってのはないと思うけど。みこしすしに関しちゃ、コメントできないな、正直なところ。
中村 じゃあ、次に進もう。


九州編


中村 いよいよ、これより九州の駅弁になるわけだけど、まずは、肥薩線の人吉駅の「鮎ずし」(700円)。清々しい青竹調の容器のフタを取ると、2匹の鮎の姿が目に飛び込んでくる(実際は1匹を開いたもの)。頭から尾まで使った文字通りの姿ずしだね。球磨川で育った鮎と聞いただけでうまそうだけど、この駅弁は実際相当うまい!昆布だしで炊いた寿し飯と酢でしめた鮎との相性がとてもいいんだと思う。私は、人吉を訪れるたびにこの駅弁を買い求めているけど(3回食べている)、個人的には、かなりのお気に入り駅弁のひとつだね。肥薩線に乗って、球磨川の流れを眺めながら食べれば、さらにうまくなるぞ!
遠藤 肥薩線では寝まくってて、車窓風景の思い出は皆無です。ハイ。でも、鮎ずしは鮮明に覚えてる。俺は酢でしめた魚、押し寿司が元々大好きだけど、この鮎ずしは、〆鯖なんかの脂ののった、魚と酢の絶妙の味わいとはまた違って、さっぱりした、いかにも川魚らしいさわやかさがある。鮎は年魚というくらいで、一夏しか生きられない。その分、初々しい魚体と清々とした味が信条なわけだ。まして、球磨川の清流に育った鮎だから、その鮮烈さは大したもんだ。先ほどと同じ、前回の旅のノートに書いてあるとおり、九州内の駅弁では間違いなくトップに来るだろう。もっとも、姿寿司の弱点とでも言うべき頭やヒレが災いして、苦手な人もいるのは確かだね。とはいえ左党の人なら、球磨焼酎や辛口の酒と一緒に食べれば、きっと大好きになると思うんだけどなぁ。機会があったら、ヒレがちょっと苦手と言っていた伊藤君に試してもらおう。この時、明ちゃんはパックのそばを食ってたけど、ああいうのも駅弁の範疇にはいるのかね。
中村 うーん、難しい問題だね。つまり、そばは弁当か?という問題だね。駅の立ち食いそばは間違いなく弁当ではないけど、箱やパックに入れて駅のホームで駅弁と一緒に売られているものは弁当、つまり駅弁と言っていいんじゃないかな。
 例えば、北海道の長万部駅の「もりそば」や長野駅の「天ざるそば」などは立派な駅弁として売られている。特に長万部駅の「もりそば」は、昭和36年から売られている人気駅弁だよ。また、旅をしていると食欲が無い時もある。そんな時、このようなさっぱりとしたそばがあるととても有り難いよね。今後も頑張って売り続けて欲しいから、駅弁と認めてあげようではないか。
 さて、次に私が食べたのは日豊本線宮崎駅の「椎茸めし」(600円)。宮崎や大分は肉厚のおいしい椎茸がたくさんとれる(それを干したものを「どんこ」と呼ぶ)。この椎茸を気軽に存分に味わえるのがこの「椎茸めし」なんだ。椎茸を噛むとうまみたっぷりの煮汁がじゅわーっと口に広がる。椎茸以外のおかずも豊富で、とりそぼろ、錦糸卵、かぼちゃ、揚げ餃子、卵焼き、フルーツなど色とりどりだ。椎茸嫌いの子供でもこれならおいしいと言うんじゃないかな。九州では屈指のお薦め駅弁にあげたい。
遠藤 椎茸ってうまいよね。いい椎茸って、何か鶏肉みたいな歯触りで、でもちょっと山の味がする。それから、ここの椎茸めしの椎茸は、生椎茸じゃなく干し椎茸ということも味わいに一役買ってると思うな。干すと味わいが深くなるんだよな。中国人なんかは、椎茸でもアワビでも干したものの方が上等だって言うしな。
中村 次に食べたのは長崎本線の肥前山口駅の「むつごろうちらし寿し」(500円)だったね。
遠藤 あの駅弁を買ったときは大変だった。中村が肥前山口駅の待合室でのんきにこの弁当を食べようとしてる所に、俺が後の列車で到着した。そうしたら、中村が「あと一個しかなかったから早く買ってこい」って言うから慌てたよ。まぁ、最後の一個が買えたから良かったけど。むつごろうは、佃煮風に煮付けて合って、錦糸卵の上に鎮座している。俺としては、もっとたくさんのっててくれるとうれしいんだけど、漁獲量が減ってることもあって、貴重なんだろうな。この弁当にはほぐしてあるむつごろうがのってたけど、昔、むつごろうが丸のままのってる写真を見たような気がするのは気のせいか?姿の悪いものはうまいっていうのは常識だけど、魚界の醜い西の横綱むつごろうが500円で食べれるのは涙もんだね。ちなみに東の横綱はアンコウだな。
中村 確かにこんな珍味を気軽に食べられるのは、駅弁の特権だね。姿に関してだけど、調べてみると最初はむつごろうの蒲焼きをその姿のままご飯の上にのせてあったそうだ。だけれど、あまりにグロテスクで、箸をつけづらいというので、途中からほぐしてのせるようにしたそうだよ。だけど、最近の駅弁の本を見たら2匹丸ごとのっていたのでまた昔のスタイルに戻したのかもしれないな。
 もうひとつ、この駅弁で注目したいのはお米。駅弁に添付されている口上書きに、「日本一美味しい佐賀米(白石米)で作ったすし飯……」と書いてある。佐賀米が日本一美味しいとは知らなかったけど、お米まで、地元産にこだわる姿勢には敬服するなあ。

 というわけで、1987年の九州旅行で食べた駅弁を振り返って見たけど、10年以上の月日が経っているので、だいぶ記憶も薄れてきているね。だけどこうやって振り返ってみると、あの時の車窓風景と共にあの味が甦ってくる。あー、また食べたい!だから旅はやめられないよね。


駅弁総論


中村 最後に駅弁を最もうまく食べられる環境(シチュエーション?)について考察してみたいけど、遠藤君はどう思う?
遠藤 うーん、東海林さだおは、その著作の中でよく駅弁について語っているけど、駅弁の味はそれを買った地点からの移動距離に比例すると言っている。また、絶対条件として停車中に食べてはいけない、良い車窓風景の中で食べるのが理想とも言っている。これはかなり核心を突いてると思うなぁ。
 俺は駅弁というのは、完全なイメージ商品だと思う。独特のパッケージや形態なんか、実用上の意味はほとんど無いにもか変わらず、駅弁の存在にとって不可欠のものだ。おかずの構成や盛りつけだって、決して実用を考えてる訳じゃない。食品と言うよりも、嗜好品に近いんじゃないかな。そう言う意味で、駅弁とは非日常の存在であり、これを食べる時もできるだけ日常から逸脱したシチュエーションがいい。
 それから、気持ちの方もできるだけ日常から解放されている方がいい。日常の中で冷静に食べちゃうと旨くもなんともないのが駅弁だ。だから、できるだけ舞い上がって、浮わついて、馬鹿になって食べた方が旨い。出張の時に食べる駅弁だって、行きより帰りの方が旨いしね。
 そんなわけで、駅弁を旨く食べる条件とは、
1.純粋な旅であること 
 所用を含んだ旅では十分に楽しめない。
2.自分の生活圏からできるだけ離れていること
 同じ東京駅の駅弁深川めしだって、都内走ってるとき食べるのと、荒川越えてから食べるのと味が違うもんね。
3.日常と違う車窓風景であること
 今の日本の都市部はどこ行っても同じ風景だから、海岸線とか田園、渓谷とかいわゆるローカルな車窓がいい。
4.日常と違う車内風景であること
 新幹線でもつい出張気分を思い出しちゃうんで、できるだけ古い車両が良い。シートもボックスの方が日常からの逸脱感がある。
 と言ったところかな。あと、旨い駅弁の条件も加えるとこんなのもある。
1.普段食べることのない食材、料理であること
 地の魚や名物料理を手軽に食べたい。
2.価格は1000円以下であること
 あんまり高いと「元取ったろう」「小遣いの残りは...」なんて、つい冷静になってしまう。
3.あまり凝っていない
 この間、仙台のほかほかかき釜飯とか言う発熱材で温めるのを食ったんだけど、なんか食べてるうちに寂しくなっちゃって、「なんでここまでして弁当食ってるんだろう。」なんてね。だから、単純な奴をがーと勢いで食べないとだめ。

 まあ、ごちゃごちゃ言ってきたけど結局のところ駅弁を旨く食べるには、いい旅、いい友、いい酒これにつきるね。
中村 その通り! とにかく駅弁は旅で食べるのが一番だね!しかも、出来るだけ新幹線や特急ではなく、田舎のローカル線で食べるのがいい。車窓風景も大切な「おかず」になるからね。デパートなどでやっている駅弁大会もいいけど、遠藤君が言うように、あれを家に持ち帰って食べてもおいしさは半減だ。どうしても旅に行けない人なら駅弁大会もやむを得ないけど、うまい駅弁を食べるには旅に出るのが一番だ。
 そこで、私が考える理想的な駅弁を食べるシチュエーションは、
1.なるべく駅のホームの立ち売りで買う
 最近はめっきり少なくなってしまったけど、おじさんが肩から大きな駅弁の箱を下げて「ベント、ベントー」と売っている光景はいいものだ。
2.土地の味を盛り込んだ素朴な駅弁を選ぶ
 海辺を走る列車の中なら海の幸、山間を走る列車の中なら山の幸、と言った具合にその土地の味を盛り込んだ駅弁が当然うまい。また、最近はやりの豪華駅弁よりも昔から売られている素朴な駅弁の方がうまいものが多いし、値段も安い。
3.景色のよいローカル線に乗る
 車窓風景も「おかず」になるから。
4.比較的空いた鈍行列車に乗る
 車内が混雑しているとやはりゆっくりと食べられない。出来れば1ボックスを自分または仲間で占有したい。また、のんびりと食べるには鈍行のリズムが一番だ! 小さな駅に停まるたびに、土地土地の空気や方言が車内に入り込み、駅弁の味も一層うまくなる。
5.駅弁の掛け紙や口上書きをじっくりと読む
 駅弁の掛け紙のデザインは種々さまざまで楽しい。思わず食べたくなるものや、数十年前から変わっていないような古めかしいデザインのものなど。また、駅弁屋の口上書きが添付されていることもある。これらを眺めながら駅弁を食べるとうまさもひとしおだ。旅の記念に持ち帰ってみるのもいい。

 というわけで、好き勝手なことをしゃべらせてもらったけど、これを読んで少しでも「駅弁が食べたくなったなぁ」と思ってもらえれば幸いである。
 さあ、あなたもうまい駅弁を食べに旅に出てみませんか?

(注:駅弁の値段は購入当時の値段を記載しています)



遠藤雅広

昭和39年神奈川県生まれ。現東京都日野市在住。会社員。
旅においての「食」へのこだわりは誰にも負けない。座右の銘は、「日々旅にして、旅を栖とす」。


中村和広

昭和39年神奈川県生まれ。現東京都稲城市在住。会社経営。
「駅弁」と「ローカル線」と「湯治場」をこよなく愛する。鄙びたものへの愛着が強い。


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