鈴木農園
                          ※ タイトル画像のイネは、色の綺麗な紫籾のもち品種です

 「インゲンマメのマメゾウムシ類生育阻害物質に関する
     遺伝・育種学的研究」

虫害の図
図 マメゾウムシ類による豆貯蔵中の被害


マメ科作物はイネ科作物とならび、人類にとっての有用な作物で、特に熱帯、亜熱帯地域において重要なタンパク質源として栽培、利用されている。アズキ、ササゲ、リョクトウ、インゲンマメなどのマメ科作物は、種子貯蔵中にマメゾウムシ類害虫による多大な被害を受けている。これら害虫を防除する方法は、主にくん蒸処理であるが、安全性と経済的な側面から、作物の虫害抵抗性を利用することに大きな期待がよせられている。これまでに、ササゲ、リョクトウ、インゲンマメにマメゾウムシ類抵抗性が見いだされている。しかしながら、これらの抵抗性は、マメゾウムシ類の食害を完全に防除するものではなく、また、ササゲにおいては既に抵抗性の崩壊も起こっている。新たに抵抗性品種を育成し、抵抗性の崩壊にも対応していくためには、作物の有する生育阻害因子を物質的に同定し、その作用機構と遺伝性を解明することが非常に重要となる。

本研究では、インゲンマメのマメゾウムシ類生育阻害物質について、遺伝性を解明するとともに生化学的機能を解析し、虫害抵抗性の育種素材としての可能性を探った。まず、インゲンマメ種子に含まれるタンパク質性の生育阻害物質、α−アミラーゼインヒビター(αAI)とアルセリン(arcelin)の変異について、遺伝様式と相互の遺伝的関係を明らかにした。次に、これらの中で有用な生育阻害物質として考えられたαAI−2とαAI−3のタンパク質構造と機能を解析した。さらに、αAI−2については、遺伝子をクローニングし、本遺伝子を用いた抵抗性品種の育成法について考察した。得られた知見は以下の通りである。

1.インゲンマメ種子のαAIは、ブタすい臓のα−アミラーゼ活性を阻害するαAI−1(a, b, c, d)、ブラジルマメゾウムシ幼虫のα−アミラーゼ活性を阻害するαAI−2、これら2種類のα−アミラーゼ活性を阻害するαAI−3に分類される。αAI−0(a, b)は、α−アミラーゼ活性に阻害性を示さない欠失型である。本研究における交配試験の結果、αAIの各変異は、優性の1遺伝子、Ai1(a,b,c,d)、Ai2、Ai3、に支配されること、また、欠失型のαAI−0(a, b)は、1劣性遺伝子(ai)支配を受けることを明らかにした。アルセリンは、6種類の変異が確認されている。本研究では、これらが優性の1遺伝子に支配され、アルセリン3、4、6がαAI−2と、また、アルセリン1、2、5がαAI欠失と遺伝的に強連鎖していることを明らかにした。すでに、アルセリン1、2、3、4がインゲンマメのレクチンであるPHA(phytohemagglutinin)と、また、αAI−1がPHAと、それぞれ遺伝的に強連鎖関係にあることが報告されている。PHAは、血球凝集作用を示すレクチンタンパク質で、哺乳類、鳥類に対して毒性を示す。それ故、αAI、アルセリン、PHAは、連鎖して遺伝することで、単独または共同してインゲンマメの防御機構を担っているものと考えられた。

2.ブラジルマメゾウムシ抵抗性のインゲンマメ系統からαAI−2を精製した。タンパク質構造を分析した結果、αAI−2は、2種類の異なるサブユニットからなるヘテロ4量体で、ほぼαAI−1と同様な3次元構造であると考えられた。αAI−2のα−アミラーゼ活性に対する阻害性を調査した結果、αAI−2は、ブラジルマメゾウムシ幼虫のα−アミラーゼ活性を強く阻害し、アズキゾウムシ幼虫に対しては弱い阻害性を示した。しかしながら、哺乳類のブタすい臓の活性は全く阻害しなかった。αAI−1は、ブタとアズキゾウムシ幼虫のα−アミラーゼ活性を強く阻害したが、ブラジルマメゾウムシ幼虫の活性を阻害しないことから、αAI−1とαAI−2は全く異なるα−アミラーゼ活性阻害性を有することが明らかになった。人工豆を用いたマメゾウムシ類の飼育試験において、αAI−2は、1.0%濃度でブラジルマメゾウムシに、0.3%濃度でアズキゾウムシに生育阻害性を示したが、αAI−1は、後者のみに0.3%濃度で阻害性を示した。ブラジルマメゾウムシ抵抗性のインゲンマメ系統は、αAI−2を0.4−0.5%含んでいる。αAI−2をこの濃度で混入させた人工豆において、ブラジルマメゾウムシの生育は、強くは阻害されなかった。このため、αAI−2が単独で本抵抗性の主因を果たしているのではなく、アルセリンなどの他の要因とともに関与しているものと考えられた。しかしながら、αAI−2は、αAI−1よりも、多くのマメゾウムシ類の生育を阻害するため、虫害抵抗性の育種素材として有用性が高いと考えられた。

3.イムノスクリーニングにより、αAI−2をコードするcDNAをクローニングした。得られたクローンは、タンパク質翻訳領域が720bpからなっており、240残基のアミノ酸の配列をコードしていた。また、αAI−2のタンパク質構造とcDNA配列から、αAI−2は、前駆体タンパク質として合成され、シグナルペプチドの除去と内部切断のプロセッシングを受けて成熟化するものと推測された。塩基配列から推定したαAI−2のアミノ酸配列は、αAI−1と75.8%の高い相同性を示した。αAI−1遺伝子を導入したマメ科作物の種子において、αAI−1は、正常にプロセッシングされて阻害活性を示すことが報告されている。このため、αAI−1と類似した構造を持つαAI−2も遺伝子組換えによりマメ科作物で合成させた場合、正常にプロセッシングを受けて阻害活性を発現するものと考えられた。

4.αAIの変異の中で、αAI−3は、αAI−1とαAI−2のα−アミラーゼ活性阻害性をあわせもつため、最も有用な生育阻害物質と考えられた。そこで、αAI−3を示すインゲンマメ系統から、αAI−3の単離、精製を試みた。その結果、αAIの阻害活性を示す2種類のタンパク質、αAI−3aとαAI−3bが単離され、αAI−3が単一のタンパク質分子種ではないことが明らかになった。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動において、αAI−3aのバンドパターンはαAI−1に、αAI−3bのバンドパターンはαAI−2に類似していたが、同一ではなかった。しかしながら、N末端アミノ酸配列を分析した結果、αAI−3aとαAI−3bは2種類の異なるサブユニットから構成され、それぞれ分析した18アミノ酸がαAI−1またはαAI−2とほぼ一致した。αAI−3aはαAI−1と同様に、ブタすい臓のα−アミラーゼ活性を強く阻害し、ブラジルマメゾウムシ幼虫のα−アミラーゼ活性をほとんど阻害しなかった。また、αAI−3bはαAI−2と同様に、ブラジルマメゾウムシ幼虫のα−アミラーゼ活性を強く阻害し、ブタには全く阻害性を示さなかった。以上のように、αAI−3aはαAI−1に、αAI−3bはαAI−2に、それぞれ類似した構造と機能を有する結果を得た。1.の交配試験において、αAI−3は見かけ上、優性の1遺伝子に支配される変異であったため、αAI−3aとαAI−3bは遺伝的に強連鎖関係にあることが示された。αAI−3aはαAI−1に、αAI−3bはαAI−2に、それぞれ類似した遺伝子によりコードされることが推察され、αAI−3は、αAI−1様およびαAI−2様遺伝子の不均等乗換などで生じたと考えられた。

以上、本研究で調査した生育阻害物質の中で、αAI−2が最も有用性の高いタンパク質と考えられた。本研究で得られた情報をもとに、従来の交配法と遺伝子組換え技術を駆使し、αAI−2遺伝子を導入した新たな抵抗性品種の開発が可能となった。また、αAI−1とαAI−2の活性中心を解明することにより、標的とする害虫のα−アミラーゼに合わせて、αAIを改変、設計し新たな生育阻害物質の設計が期待できる。

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