『テーマ館』 第31回テーマ「2000」


現実逃避デカ5 ゆびきゅ 2000/01/04 00:09:25


      換気扇に細切れにされてもその柔らかさを失わない朝の陽光に、わたしは重い気持ちを慰めら
      れるような気がしてホッと息をついた。取り調べというものは、何度やっても慣れないものだ。
      と、ふいに、部屋の隅にゴソッと不安な物音がして、わたしは固いパイプ椅子におろしかけた
      尻を再び持ち上げた。
      「く、くそ!」
      警部の声だ。そういえば今朝は姿が見当たらなかった。この取り調べも、本来なら警部が立ち
      あうべきものだったのだ。
      「警部? どうなされました?」
      「逃がしたのか?」
      陽光にまだ犯されていない薄闇の中で、警部の両手は...縛られている!
      「け、警部! 何があったんですか!?」
      「ヘマうっちまった。原板はこの通り...」
      両手を動かそうとして縛られていることを思い出した警部は、情けない笑みを浮かべ、わたし
      が縄を解くのをおとなしく待った。そして、あらためて胸元をまさぐり、
      「...そうだな」とうなだれた。「オレが気を失っている間に...」
      「原板って..ニセ札ですか?」
      「ああ、2000円札の...」そう言った警部は、さらに探り続けていた胸元からパッと右手を
      出し、
      「ない! ...ピストルがない!」と叫んだ。
      と同時に、取調室のドアが開き、今朝取り調べを受ける容疑者の男が入ってきた。
      「あの...」
      「伏せろ!」
      突然警部がわたしの上にのしかかり、さびついたデスクの下に潜り込んだ。ドアの方に、小汚
      いシューズと毛深い足が見える。
      「か、彼は容疑者で、これから取り調べを...」
      「刺激するな...ピストルを持ってるんだからな...」
      小声で私の耳元で言った警部は、いつのまにか襟元についているマイクに「住民を避難させろ」
      と囁いてから、額に滲ませた汗を拭いた。そして、決意のみなぎる表情をわたしに見せてから、
      ゆっくりと立ち上がった。
      「警部、危険です!」
      わたしは慌てて上体を起こした。そして、デスクの底にしたたか頭をぶつけて気を失った。そ
      の時、闇に陥る意識が銃声を聞いたような気がした。

      私は今日も、いつも遅れてくる警部を待って、現場に待機している。彼は敏腕で知られるデカだ。 


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