『テーマ館』 第31回テーマ「2000」


わたし ゆびきゅ 2000/01/25 17:21:59


      旅をしてきたようなものだ。
      いくつもの人生、いくつもの世界、愛する者たち、痛み、喜び。
      そして別れ。
      彼らの記憶がわたしのなかに、倉庫の中の荷のように冷たく、
      確固とした場所に残されている。
      わたしを、「わたし」と呼ぶことが許されるのなら。

      外惑星探査アンドロイドとして理想的な肉体を与えられた「わ
      たし」の頭蓋骨は、その目的に従って、いろいろな人物の脳を
      納めてきた。地質学者、宇宙物理学者、生態学者、社会学者、
      宇宙工学エンジニア、兵士、イメージ作家、画家。
      「わたし」の足は太古の都市を覆う厚い氷の上を滑り、指は液
      体生命を描くキャンバスの上で踊り、声は七種の知的生命体を
      同時に壊滅する命令を下した。

      二千の夢を見た。

      そうして今、暗闇と空虚と沈黙を世界とした今、「わたし」は
      それらの夢を回想している。恋人を抱きしめる腕も、眠りにつ
      く子供の額にくちづける唇も、悲しみに涙する瞳も、その機能
      の源泉を失った今、「わたし」は彼らの忘れ物にラベルをつけ
      ていく。

      どこかに「わたし」は見つかるだろうか?


Before