『テーマ館』 第31回テーマ「2000」


私の理由 ひふみしごろう 2000/02/11 12:45:52


      「どうしてバイクなんか乗るの?」
      ・・・・いきなり投げかけられた質問。
      たしかにヘルメットなんてかぶってたら、ろくに髪型なんかかまってられないし、
      女っぽいおしゃれなんていわずもがなってやつだ。足だって届かないし、立ちゴケしそうに
      なって必死こいて重たいバイク支えるのなんてしょっちゅうだし、それに私は寒いのは大の
      苦手なのだ。
      ・・・だけど、その質問に対する私の答えも決まっている。

      「・・・メリーミレニアム・・・・」

       ・・・・そう、あの時のままに・・・・・・

      2年前、私はOLをしていた。どこにでもあるような普通の会社の、どこにでもいるような普通
      のOL。そんな中、お茶を汲んだり、コピーをとったりとどうでもいいような雑用をこなしな
      がら、あまり深いことも考えず適当にやっていた。
      実際、私自身あまりイイ女ってわけじゃなかったと思う。職場の人間とあまりすすんで話
      をするって事はなかったし、飲み会なんて行く気もしなかった。ただ単に、毎日言われたこと
      だけを言われたとうりに淡々とこなし、毎日無難にこなしていた。別にそんな暮らしに不満
      を感じなかった訳じゃない、だけど、やりたくないことを我慢して無理やりやってる位なら、
      なんにもしない方がマシ。それが私の考え方だった・・・
      ま、要するに私はまだガキだったってことだ。わがままで自分勝手、協調性のない
      社会不適合者・・・・・・・でも、それのどこがいけないっていうんだ?
      だがそんな、いっちょまえに怠惰や倦怠や諦観なんかをごっちゃまぜにしたような毎日は
      私に予想もつかなかった形で終わりを告げる。

      それはどこかで見たようなエロ親父の顔をしてやってきた。クリスマスの余興だかなんだかで
      無理やり残されて、紙コップにビール、そして会社から出たという全員に行き渡るかどうかも
      あやしい、ちっちゃなクリスマスケーキを囲んでの乾杯。適当に一人で飲んでたら、どっかで
      見たような親父が私に近づいてきて、いきなり説教をたれ始めた。うんざりする私に追い討ち
      をかけるかのようなお尻を撫でられる感触。
      気がついたら私は力一杯その親父を張り倒した。ただ、そのどっかで見たような顔が、会社
      の社長のそれであった事に気づいたのは、ひっくりかえったその親父が、日射病のトドみたい
      にぐったりした後だった。

      速攻で私はクビになった。だが、そんなふうになった私を、同僚達は変にヒーロー扱いした、
      私の処遇を免除してくれるよういろいろ取り計らってくれたが、上の意志は固く、私自身、
      もっけの幸いとばかりに深い考えもなく会社を辞めてしまった。おかしなものだが、同僚達
      の何人かは2年たったいまでも付き合いがある。冒頭の質問をしたのもその中の一人だ。

      そんなこんなで私にとって1999年はプータローとして終わった。
      あの時の私は、これから自分が何をしたいのかも持たないまま、かといって何かをしようと
      もせず、はっきりいって宙ぶらりんの人間だった。貯金もいくらかあったから取り立てて急い
      で新しい仕事を探す必要もなかったし、なんとなく、いま住んでる所を出て新しいところで新
      しい暮らしをやってみようか・・・そんな気持ちになっていた。

      「どうして、こんなに素晴らしい眺めを、なんでそんなつまらなそうに見ている?」
      そんな言葉をかけられたのは、2000年の正月、特にすることもなく、おそらく最後になる
      であろう一年程住んだ町を、とりあえず見納めておこうと近くの浜辺に行ったときの事だった。
      バイクに乗ったその男は私にそう話しかけると、被っているヘルメットを脱いだ。
      そこから現れた男の頭に白いものが混じってるのを見つけて私はちょっと意外な感じがした。
      てっきり若い男だと思っていたからだ。
      だが、いずれにせよ中年親父、会社を辞めたばかりの私にとって、半径5メートル以内に近づい
      てほしくない人種であった。
      「どうしてこんなにつまらない眺めをそんなにありがたがって見ることができる?」
      男の質問に対し、私は答えになってない質問を返した。たしかに嫌な女だ。だが、その男
      の返答もまた私以上に答えになっていなかった。
      「頭を空っぽにして流れに乗って、吹かれるままに風になる・・・」
      ものすっごく、胡散臭かった。実際、私の顔にもその思いはありありと浮かんでいただろう。
      だが、男は照れたようににっこり印象的な笑いを浮かべると一言ぽつりと言って、その
      場を立ち去った。
       
       「・・・メリーミレニアム・・・」

       そうしてその男の笑い顔は、一生消えないであろう笑い話を提供したエロ親父の顔と共に
      私の思い出に刻み込まれた。

      ・・・たしかにヘルメットなんてかぶってたら、ろくに髪型なんかかまってられないし、
      女っぽいおしゃれなんていわずもがなってやつだ。足だって届かないし、立ちゴケしそうに
      なって必死こいて重たいバイク支えるのなんてしょっちゅうだし、それに私は寒いのは大の
      苦手なのだ。
      ・・・だけど、なんでバイクに乗るのかと聞かれたら、やっぱり・・・
        
            「・・・メリーミレニアム・・・・」

       ・・・・そう、あの時のままに・・・・・・

                                  <END>


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