『テーマ館』 第31回テーマ「2000」


ミレニアム・マジック あゆみ 2000/02/12 18:51:10


       ミレニアム・・・。そう口々に叫んで喜んでいる人の何パーセントが、
本来の意味を知っているのだろう?五郎は雑誌の「必見!ミレニアム・デート
スポット特集」という見だしを眺めながら思った。

      五郎はここ何十年、デートという言葉を使わなかったし、なにより妻と
外出などというものをしなかった。仕事第一の人間には、そんな時間はなかっ
たのだ。しかし定年になった今、妻との老後を潤いのあるものにしたい・・・
という思いを密かに抱いていたのだ。
      「よしっ!」五郎は脇に力を入れると、その雑誌を手にレジへ向かった。

      「え?ツリーを見に?」妻のハナは驚いて湯のみをドン、と五郎の前に
置いた・・・というより半ば落としかけた。
      「どうしたんですか、急に。」
      「うむ。」
      渋い顔で茶をすすりながら妻の顔色をうかがうと、いつになく嬉しそう
にしている。
      (やっばりいくつになっても女ってのは行事好きだな・・・)
      けれど、五郎自身も新婚当時のような気分になって、なぜかその夜は眠
れなかった。

      「きれいねー。」ハナは白い息をはいて言った。全長10メートルのモ
ミの木に飾られた電飾は、見る人の瞳の中まで美しく彩っている。
      周りを見渡すと若者ばかりだったが、なぜか全く気にならなかった。そ
れどころか、五郎自身も若返ったような気分になった。
      「さ、次はテファニーで指輪を見るぞ。」
      「やだ、あなた。ティファニーですよ。ティ!!」
      ハナの目を大きく見開いた顔が、やけにおかしくて五郎は笑った。ハナ
も笑った。
      (こんなにおなかの底から笑ったのは何年振りだろう・・・)
      そう思いながらも笑いは止まらなかった。

      「それにしてもきれいでしたね。」ハナは頬を高潮させながら言った。
      「まぁ、あんなもんだろ。」と言いつつ、今だ興奮冷めやらぬ自分に気
づきながらも五郎は言った。
      「あら、あなたったらあんなに写真撮っていたくせに!」
      ハナは見透かしたかのようにそう言うと、玄関の鍵穴に鍵をさしこんだ。
指にはテファニー・・・いやティファニーで買った指輪が外灯の光をうけて、
キラリと光った。
      私はにやりと笑った。こんな日も案外悪くないな・・・

      ルルルルル ルルルルル ルルルルル

      電話のベルが、暗い居間の奥から聞こえてきた。
      「もしもし、俺だけど」
      息子のヒロシの声だ。
      「ヒロシか!おーどーした?」
      「・・・親父。今日はやけにごきげんだね・・・」
      「そうか?それよりどーしたんだ。新年にはまだはやいぞ。」
      「分かってるよ。それより今日子供が生まれたんだよ!」
      「なんだって?!そんな大事な事ははやく言え!」
      「ほんと今日の親父はハイテンションだなー。それより名前を考えて欲
しいんだ。」
      「名前?うーん・・・子供は男なのか?それとも女の子か?」
      「男の子だよ。」
      「ならフジオだ。二千年の男って意味でな!期世新(きよし)でもいい
な」
      「ニ千男?40歳になった時に変じゃないか?期世新なんて新世紀の逆
じゃないか!!」
      「だってミレニアムじゃないかっっっっっ!!」
      「・・・・・・親父、ミレニアムは正式には来年だよ・・・・」

      ミレニアム・・・それはけっして新世紀でなくとも、人々に幸せを運ぶ
不思議な魔力を持っている。だから人々はミレニアムの意味を知っていようと
も、あえて口にしないのかも知れない。いや、五郎のように意味を知っていて
もなぜか忘れてしまうのだ・・・・。
      おそるべしミレニアム。けれど騙されたと思って魔法にかかってみるの
もいいかもしれない。




Before