第37回テーマ館「2001」



新世紀の法則 かも [2001/01/26 15:53:15]


今は夜。
人々は,静かな闇にしばしの休息を求め,寝静まる。
一部の例外を除いては……。
* * *
「……というわけで,悪いことをしようと思う!」
テーブルに手をつき,ずいっと身体を前に乗り出して,悪役顔の美女が言った。
つりあがった大きな瞳は黒く濡れ,うすい唇は誘うように紅い。水着のような衣装は露出度が
高いが,それがいっそう彼女の激しい雰囲気を引き立てている。
向かいには,彼女の子分がひじを突いて座っていた。気弱げな顔に八の字眉毛で,一見すると
善人のようだ。顔中に不満を表し,言葉に答えて,
「……なんで?やっと新世紀になったんですよぉ!今年は休みましょうよ。今まで,世紀末シー
ズンでなにかと忙しかったんですから」
「バカモノ!悪役が世紀末を支配する時代はもう古い!これからは新世紀の明るい未来を悪の色
に染めるのだ」
お茶を入れていたもう一人の子分が,眼鏡を曇らせながら3人分の湯飲みを配り,言った。
「よーするにヒマなんでしょ。ボスは」
「ちがーう!そうではない!いいか,よくお聞き。何事もなぁ,コツコツためなきゃ駄目なんだ
よ。去年だって,もっと早くからやっときゃよかった,とお前たちも思っただろう」
「うわー,受験生みたいなこと言ってる。」
八の字眉毛を無視して,女ボスは続ける。
「コツコツ悪さをしなさい。後で楽だから」
「なんか,考えがマジメですよね。悪なのに……」
「そう。私はマジメな悪なのだ!」
恍惚として拳を握り締め,ボスはさらに断言した。
「まずは肩慣らしに,この町をごみで埋め尽くすのだ!お前たち,行くよ!」
「へ〜い」
気の抜けた返事をして,子分二人は,床に置かれた,ぱんぱんに膨らんだゴミ袋を担ぎあげ
だ。
* * *
先ほどの悪のアジトから,50メートルばかり離れた所に正義の秘密基地は,あった。
中では,白熱した会議がなされている。
「……というわけで,善いことをしようと思う!」
テーブルに手をつき,ずいっと身体を前に乗り出して,さわやかな笑顔で青年が言った。
額には,正義の味方の証である赤いバンダナ。真っ白な歯が部屋の蛍光燈に光る。
「おいおい,まてよリーダー。今年っから新世紀なんだぜ。悪人どもも少しは大人しくな
らぁ」
ハンサムな青年が脚を組み直して抗議した。
そんな彼の言葉にリーダーは熱のこもった調子で首を振り,皆を見回した。
「ブルー,そんな考えじゃだめだぁっ。僕たちは,いつだって正義を貫かなければならないん
だぁ。そうだろっ?なぁ,イエロー」
話をふられたイエローは,嫌そうな顔であいまいにきりだした。
「う〜ん,でも,リーダー。今年は大丈夫なんじゃないかなぁ。だいたい,悪者が暗躍するのは
世紀末と相場が決まってるし……なあピンク」
そして,ちらっと隣に座っている女の方を見た。
助けてくれぇ,と言いたげなその目に,彼女は,関わりたくない精神を捨てて口を開いた。
「そうよ。なんたって,新世紀だし。ねぇ,ブラック」
早々とバトンを渡されたブラックはのんびりと答えた。
「そうだなぁ。新世紀になるんだ。今年ははゆっくりしていたい……」
彼の意見は正義の味方らしからぬものだったが,一人を除いて,その場にいる全員が,そーだ
そーだと頷いた。
リーダーは,くるっと後ろを向くと,今までとはうって変わって,ドスのきいた声で低く言っ
た。
「みんな……,このチームのリーダーは誰だっけ……?」
とたんに,全員の顔に,そろって「やばいっ」という色が浮かぶ。
「レ,レッドで〜す……」
「それじゃあ,僕の言うこと聞いてくれるよね……?」
ブルーが文句を言おうと立ち上がりかけたところを,寸前でピンクが口をふさぎ,イエローが
暴れようとするブルーの手足を押さえ,その隙にブラックは穏やかな声でYESと答えた。
みごとなチームプレーである。
リーダーは彼らの返事に満足し,意気揚々と断言した。
「それじゃぁ,君たち。今日は遅いからもう寝て,明日は起床後,まずは町の清掃から始める
ぞ!」
「お〜っ」
ちっとも乗り気でない返事をして,彼らはこそこそとリーダーの悪態をついた。
「まったく,うちのリーダーは横暴だよな。善なのに……」
* * *
こうして,新世紀は幕を開けた。
いつの時代にも,正義と悪は混在するのである。
ちなみに,彼らの住む町はなんとかきれいに保たれたようだ。
まずは,正義の勝利といったところであろうか。

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