第41回テーマ館「飛行機」



飛行機の憂鬱 SOW・1・ROW [2001/10/02 13:59:54]


 飛行機は憂鬱だった。飛行機は、生まれてもすぐに消えてしまう飛行機雲が、たまらなく可愛
そうだった。
 しかし、飛行機雲は飛行機の意思によって出来るものではない。様様な条件が重なってできる
ものだ。だから、飛行機に罪はない。
 だけど、飛行機は自分さえいなければ、飛行機雲は生まれないのでないかと、思っていた。
 飛行機は哀れみ、生み出す罪深き自分に対して憂鬱だった。
 ある日、それは湿っぽい日だった。湿っぽい日は飛行機雲が残り続ける。飛行機は偶然ある飛
行機雲の真横を通った。
「こんにちは。飛行機雲さん」
「やぁ。飛行機さん」
 飛行機雲はもうすぐ消えるというのに、その元凶である飛行機に対しても気さくだった。
「飛行機雲さん、ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「だって、私達のせいで、貴方は生まれてしまった」
「ううん? 私達は生まれちゃいけないの?」
「そうじゃないけど、貴方は生まれてすぐ消える。それって寂しくない?」
「寂しくはない。それに、消えるのは誰だって一緒」
「だけど、貴方は太陽が沈む前に消えるでしょう。その間も、誰にも見られず、褒められず、静
かにいなくなってしまう。私たちはそうやって無為な、、、」
「無為なんて言わないでくれ。生まれたものを自分の時間の尺度で測るのは失礼だよ」
 さっきまで気さくだった飛行機雲は、急に怒り出した。
「え?」
「生まれたものは、それぞれ限度ある時間で生き続ける。確かに私は君より早く消えるけど、そ
の分、私は君よりも多くのことを早く学べる。時間とは個々それぞれに等価に流れているんだか
ら」
「等価?」
 飛行機雲の話は難しい。飛行機は混乱してしまう。
「虫は獣よりも早く死ぬ。だけど、あいつらだって獣と同じぐらい時間に命をかけて生きてい
る。例え、群れからはぐれたって、飢え死にしそうだって、誰からもかまわれなくたって、生き
ている。時間はそれぞれに持つもので、皆同じじゃないんだ。自分より短いからって同情するの
は、他の飛行機のフォルムにケチをつけるのといっしょだよ」
「よく分からない」
 飛行機が降参すると、飛行機雲は優しくこういった。
「、、、簡単だよ。とにかく、君より短くたって私は同じぐらい精一杯生き抜く、ってこと。だ
から、同情しないで。むしろ私達を掻き消すように君は飛ぶべきだ。だって、それが君の生き方
なのだから」
「でも、、、」
「さぁ、もうすぐ私の切れ目が見える。そこまでいったらお別れ。私達はもう会わない」
「、、、」
「だけど、私は君が見えなくなったあとでも、精一杯この空の上で広がり続ける。ぎりぎりまで
風に負けないように生き続ける。君に負けないぐらい、目立ってやるためにね」
 そういって飛行機雲は笑った。その笑いを、飛行機は笑顔で受け止めた。
「そうだね。私達は生きる時間は違うけど、それぞれ頑張って生きているんだ。ごめんね」
「うん。分かったなら、最後に君の最高速を見せてくれよ」
「分かった。しっかり見ておくんだよ。、、、じゃあね」
「うん。頑張れ」
 そういって飛行機は、消えいく飛行機雲に対して最高速の自分を、自分達が出会った記念に見
せた。飛行機はどんどん掛かるGをもろともせずにスピードを上げる。そして、あっという間に
空の彼方に消えていった。「さようなら」という大きな叫びを木霊させながら。飛行機は、もう
飛行機雲を生み出すことに迷いはなかった。

 だけど、飛行機雲はその勢いで半分ほど掻き消えてしまった。でも、まだ残っている微かな飛
行機雲を、地上の子供達は確かに大きな声で指をさし、それにつられた大人達も一斉に見上げ、
ほんの一瞬だけの記憶の中に飛行機雲は残った。時折秋の空模様に間違えられる事はあっても、
彼は確実に空に君臨しているのだった。

戻る