第41回テーマ館「飛行機」



失踪飛行 SOW・1・ROW [2001/10/11 13:36:11]


「空を飛ぶものは、いつだって遠くへ消えてしまうんだ。残されたものへ道も残さずにね」
 彼はゆがんだ笑顔でそう言った。
 でも、彼の部屋には大小様様な模型飛行機が下がっている。それら全てにプロペラ動力がつい
ていて、紐で繋がれ絶妙な間合いで部屋をくるくる回っている。まるで眩暈がするようなその部
屋の中央に寝転び、飛行機を自分の空間に閉じ込めるのが彼の至福だった。それは日を増すごと
に増えていき、入りきらなければ別の部屋へと流れていき、結局彼の家は模型飛行機だらけにな
ってしまっていた。
 彼の父は飛行機のパイロットで海に不時着し、飛行機の機体とともに帰ってこなかった。で
も、それは彼の生活には関係ないのだと、彼自身は言っている。
「僕は父親の顔なんてほとんど見なかったんだから」
 私もそうだと思った。むしろ彼の歪みは、母親の失踪にあるのだと思う。彼の母親は父親の死
を苦に幼い彼を残して自殺してしまった。だが、彼の親戚は彼にそれを伝えるのは酷だと隠すこ
とにし、事実それから五年以上彼は母の死を知らなかった。
「母は遠くの国へ飛行機に乗って行ってしまったのだ。でも、いつか帰ってくる」
 幼い彼はそう言い聞かされ、信じながら母を待ち焦がれながら、親戚の家で肩身の狭い日々を
送ったという。
 そして待ち焦がれ待ち焦がれながら、それらの期待を全て打ち壊されたある日から、彼は歪ん
でしまったのだと思う。
「しきりに模型飛行機を買い漁って作っては壊していたみたいだ」
 と彼は自嘲気味に笑った。その時に木片が刺さった跡が、今も彼の足首にしっかりと残ってい
る。
 そしてそれから表面上何一つ、可もなく不可もなく育ちながら、しかし彼の飛行機への執着は
様様な歪曲を経て、今のような状態に落ち着いたのだという。
「今も時々壊しているんだ。ニアミスしたり、パーツが古くなったりしたのはね。止まった飛行
機はゴミ箱に行けばいい。いつまでも浮かんでいる資格なんてないんだ」
 彼は横に座る私よりも、部屋を巡る模型飛行機を眺めながらそう言った。
 私は彼の五つ下の従兄弟だ。彼が引き取られた日から、彼の外面をある程度は把握している人
間。
 そして虚無を抱えた、まるで荒野の枯れ木のように不思議な存在感を発する彼に惹かれてい
た。

 そして紅葉が未だ見えず、秋空だけが季節を主張するある日。
 彼は失踪した。模型飛行機も部屋からなくなっていた。もぬけの殻だった。
 まるでそこに存在しなかったかのように、彼はいなくなっていた。
 方々を探し、警察も、興信所にも依頼をしたが彼は見つからなかった。
 周囲はしきりに噂をした。
「母親を追っかけたんじゃないか?」
「父親の死に場所へ旅行しているんじゃないか?」
「本物の飛行機を作ろうとしているんじゃないか?」
 噂がどれだけ広がっても、彼はどこにもいなかった。
 そして、三つの事件が起こった。
 一つは、彼の母の墓から骨壷が盗まれていたこと。
 二つは、飛行場でセスナ機が盗まれたこと。
 三つは、そのセスナ機が、彼の父親が死んだ海域に墜落したこと。
 盗んだ犯人の生死は不明。機体の場所も不明。
 ただ、おびただしい模型飛行機がその海域には浮かんでいたという。
 私には、それがすぐに彼だと分かった。
 結局彼は欲しいもの全てを手に入れて、何処にもいけない場所へ失踪してしまったのだ。
 飛行機は無重力状態においては先端を支点に胴体を回転させて動くのだと、彼は言ってた。
 いつまでも回る飛行機の中で、彼は母親を抱き、父に寄り添いながら、一体何処へいったの
か。
 それは私にも分からなかった。そして、私の初恋は遠い遠い場所に消えていった。

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