第33回テーマ館「天使」


天使一般論 いー・あーる [2000/5/13(土)00:46]


「天使って、天にいると思う、地にいると思う?」
「ほひゃ?」
 唐突な問いに、それ相応な返事……になるのかい、みたいな声を返すと、
彼女は多少むっとしてこちらを見た。
「天使。常時居るところは天でしょうか、地上でしょうか?」
「はー」
「……ぼけた声だこと」
「…………質問が唐突なんだってばさ」
「まーそうかもしれないけど」
 あっさりと、受けて返す。
「あたしにしたら、案外普通の会話でしょ?」
「……それはそーだ」

 彼女は旧約聖書を、その現地で学んでいるところの学生である。
 旧約聖書の言葉を、毎日使う環境に居て……んで聖書を読まないなんて
まー勿体無い、と、実は毎度言われる。
 というわけで、会う度にこうやって、こちらを啓蒙してくれる……のは
いいのだが。
 しかしそれにしても、唐突には違いが無い。

「んで、どっちにいると思う?」
「それはやっぱし、天じゃないの?天使なんだしさ」
「ふっふっふ」
 人差し指をぴっと立てて横に振る。わざとらしい仕草が、けれども妙に
無邪気な印象を誘う。
「ちーがうの。実はいつもいるのは、地上」
「ほへ?」
「ちゃんと、聖書にあるのだよ」
「………地上に住んでます、って?」
「んにゃまさか」
 では、どういうことだ。
「どこに載ってるの?」
「あのね、ヤコブの梯子の話」
「あー、ベテルの」
 流石に。聖書の現地に住んでいて、彼女のような友人を数名知っていて
……それでこの程度の話が、ぴんとこないほどに無知ではいられない。
「そうそう。家から逃げて、石を枕にして寝てるとこ」
「ふむ」
「そこに梯子があるわけ」
「ふむ」
「んで、天使が、それを使って上り下りしてる、ってあるの」
「ふむ」
「んで、上りが先に書いてあるの」
「…へ?」
「上るのが先、ってことは。天使はまず地上に居たわけでしょ?」
「…………そーくるのかっ」

 ころころころ、と、彼女は笑ったが、ふと真面目な顔になった。
「言葉遊び、みたいに聞こえた?」
「……一瞬」
「でもまじ。聖書注解にあるんだよ、この解釈」
「ふむ……」

 ふと…………
 ふと、思う。

 天使は、どこにいますか?
 天の、手の届かない、清浄なところにいるのですか?

 ……否。
 天使は汚濁の真っ只中で。
 多分、泣き寝入りをしていた少年の横で。

 ひとのとなりに、いたのだと…………

「流石、だねえ」
「うん、ほんとにね」
 流浪の中で、宗教の故に叩きのめされながらも尚。
 その宗教を拠り所に生き延びてきた人達の注解は、やはり。
 ふと、視線が上に向くような、そんな明るさを含んで。

「ちょっといい話でしょ」
「ほんとだね」
 頷くと、彼女はにっと笑った。