第67回テーマ館「誕生日」



選ばれし誕生者 ジャージ [2007/10/01 23:32:17]


加藤 輝樹 様

 お誕生日おめでとうございます。
 政府は、全国の誕生者の中から、加藤様を選出し、
 全国的に、加藤様のお誕生日のお祝いをさせていただきます。

               内閣総理大臣 福沢良夫(印)

「なんじゃこりゃ?」
 各種請求書、ダイレクトメール、アダルトDVDのチラシに混ざり、郵便受けからでて
きた一通の手紙。総理大臣(?)の直筆の文章に、ご丁寧に印鑑まで押されている。
「くだらないイタズラか。」
 俺は他のダイレクトメールやチラシと共に、その手紙も捨てた。

 今年で30歳になる。都会に出てきて10年。まともな職につかず、その日その日を暮
らしている。明日は誕生日だけど、それを祝ってくれる恋人、友達すらいない。
アパートでひとり暮らしなら、なおさらである。
 『孤独な誕生日』なんて、もう慣れている。明日は特別な日なんかではない。

 翌朝

 いつものようにテレビをつけながら、着替えをする。
『おはようございます。10月2日火曜日、8時のNHKニュースです。
 今日は『加藤輝樹』さんのお誕生日であり、全国的にお祝いの為のイベントが・・・』
 ?!
 なんだこりゃ?!
 俺はテレビのチャンネルを替えてみた。どこの放送局も俺の誕生日の事を知らせている。
 それだけではない、見知らぬ人からメールや電話、電報でお祝いの言葉が寄せられる。
昨日の手紙は『本物』だったのか?!
 休む間もなく、携帯は鳴りっぱなし。いちいち対応していたらバイトに遅れる。俺は携
帯の電源を切ると、急いでバイト先に向かった。

「あの人よ!加藤輝樹って!!」
「お誕生日、おめでとうございます♪」
「プレゼント受け取ってください!」
「ワタシ、アメリカ ノ CNN ノ モノ デス。Mrカトウ、ヒトコトオネガイシマ
 ス。」
「写真、一枚いいですか?!」
 道行けば、老若男女問わず、俺にプレゼントを差し出したり、祝いの言葉をくれる。テ
レビの取材まである。訳が分からないが、自分が有名人になった気持ちで、正直うれし
かった。こんな楽しい誕生日は初めてだ。

 バイト先の家電販売店でも、あまり会話したことのない社員やバイトの連中から、お祝
いをうけた。もちろん、この店も俺の誕生日記念といって、本日限りの全商品3割引の
セールを実施していた。
 バイトをしていても、客が次々と俺に声をかける。気持ちはうれしいが、仕事にならな
いし、ここまでくると逆にウザイ。
 店内の大型プラズマテレビから、内閣総理大臣が俺に向けての祝いの言葉を述べている
のが流れ出すと、店内はさらにお祭り騒ぎになり、さらに『今から1時間だけ4割引き』
の店内放送がかかる。
 昼休みは、取材や各界のお偉いさんたちが来て、飯はロクに食べる暇がなかった。そし
て午後も、あの異様な雰囲気の中で俺は仕事をした。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「プレゼントです!」

 ・・・。

 もう・・・。
「もう、いい加減にしてくれ!!」
 俺は、いつの間にか大声をあげていた。
 気持ちはありがたい。ありがたいけど、お前ら、俺の何を知っている?!
 俺は、お前達を知らない!!なのに、なんでそんなにお祭りみたいに騒ぐんだよ!!
 心の奥底にあったものが、俺の口から次々と出てきた。

 今は、皆俺に話しかけてくれるけど、明日になれば、また孤独な、ただの『加藤輝樹』
に戻る。
『・・・俺は、俺を知っている人からお祝いされたい・・・。』
 その言葉が最後にでた。
 都会に出て10年。孤独に生きてきた俺の本音が、出てしまった。

 俺はバイトをその日で辞め、大量のプレゼントと手紙を持ってアパートに帰った。
 暗い部屋。一人ぼっちの誕生日。俺には『これ』がお似合いだと苦笑した。電気をつけ
るとテーブルにはオニギリと味噌汁、卵焼きとサラダ。そしてショートケーキが一個置い
てあった。その横には広告の裏に書かれた置手紙があった。

 輝樹へ

 お仕事お疲れ様。
 輝樹の事が心配で、一度はそちらに行こうと思ったけれど、
 おばあちゃんの介護で、なかなか行けなくてごめんなさいね。
 簡単で悪いけど、夕食を作っておきました。
 体に気をつけて。野菜もちゃんと食べなさいよ。

 30年間、私の息子でいてくれてありがとう。

                           母

 お袋の手紙だった。
 俺は、手紙をさらっと読むと、お袋の用意してくれた夕食を食べ始めた。
 オニギリを食べ、味噌汁をすする。そして卵焼きを食べる・・・あれ、なんでだろう、
涙がでてきた。久しぶりのお袋の手料理の味でだろうか?・・・いや、「おめでとう」で
はなく『ありがとう』の言葉に涙しているのかもしれない。

 1000の『おめでとう』より、
 お袋の『ありがとう』が、とてもうれしく、俺は涙が止まらなかった。

                                     END


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