第67回テーマ館「誕生日」



お誕生日、おめでとうございます しのす [2007/10/28 06:48:47]


 ドアのチャイムが鳴ってドアを開けると
 そこには薄笑いを浮かべた若い男が立っていた。
 「原、正さんですか」
 「そうだけど、何か」
 「お誕生日、おめでとうございます」
 「あ、ども」
 いきなり見知らぬ男から自分の誕生日を祝われて、
うれしいと言うよりも、背中がムズムズする感じだった。
 しかし、一体こいつは何者だろう。
 「で、あんたは」
 「はい、突然で申し訳ありません。
未来予想社の田辺と申します」
 男は名刺を差し出した。
 それには「未来予想社 営業一課 田辺翔」と書いてある。
 嘘くさい名刺だ。
 「ご不審に思われるかと思いますが、
今回こちらにうかがわせていただいたのは、
今日が誕生日というたくさんの方々の中からあなた様が選ばれまして」
 「あ、押し売りならお断りだし」
 「いえ、そんなのではありません。
物を売りつけるのでも、お金をいただくのでもありません」
 「じゃ、なに」
 「これを差し上げます」
 男がカバンから取り出したのは、小さなリ箱のような物だった。
 一言で言うと
 「リモコン」
 「違います。これは我が社で開発したタイムマシンなのです」

 タ、タイムマシンだぁ。
 こいつ、頭、おかしいんじゃない。
 「そ、じゃあ、俺、ちょっと忙しいから」俺はドアを締めようとした。
 「待って下さい」
男はすかさずドアの間に足をはさむと言った。
「あなたは過去に戻って何かを変えたいということがないですか、原正さん」

 過去に戻って変えたいこと。
 はらただしいっ。
 俺の名前が「原正」なばっかりに、子どもの頃クラスの友だちはもちろん、
先生にまでも馬鹿にされた。
 社会に出ても、初対面の人は名刺を受け取って
「はらただしさんですね」と言ってしばらくしてから、笑いをこらえたような顔になる。
 親は俺に愛情を持って育ててくれたが、
なにゆえそんな名前にした、と恨むことも多かった。
 変えれるものなら、名前を変えたい。
 俺が生まれた日に戻って、親に「正という名前はつけないで」と言いたい。

 「そりゃあるけど、それって本当のタイムマシンなのか」
 「本物です。
実験も済んでいて、安全で人体にも悪影響がないことはわかっています。
あとはリサーチをすることになっていて」
 「リサーチって」
 「人が過去に戻って何を変えたいか、その調査です。
大幅に歴史を変えない程度の過去の改変は、許されます。
だから原さんの希望をお伺いして、可能なら過去を変えることができるのです」
 俺は30秒考えた。
 「じゃ、俺は自分の名前を変えたい。
俺が生まれた時に戻って、親に変な名前をつけるなって言うのは可能か」
 「それくらいの改変は大丈夫ですよ。
でも名前を変えるのなら、わざわざ過去に戻って変えなくても、
現在でも変更は可能でしょ」
 「その名前にまつわる、もろもろの屈辱も変えられるんだろ」
 「まあ、そうなりますね。
でもそれは歴史においては大したことではないので、可能です」
 「よし、じゃあタイムマシンをくれ」
 「はい。ただしご使用は一度きりです。
過去に行って戻ってきたらもう使えなくなります。
今言われたこと以外で大幅な過去の改変を行おうとしても、
不可能ですので、よろしくお願いします」
 田辺から操作の仕方を習うと、俺は過去に飛んだ。

 過去に飛ぶのは一瞬のことだった。
 何の不快感もトリップ感もなく、過去の町にいた。
 高いビルがない。緑が多い。空気がうまい。
 アルバムで見た町並みが目の前にあった。
 金沢産婦人科で生まれたという話を聞いていたので、
さっそく行くことにした。
 家から橋を渡って坂を上ると高台に病院はある。
 橋を渡っている途中で、橋の下に見たことのある男女がいるのに気づいた。
 そっと近づいてみると、それは俺の若い頃の両親だった。
 母は赤ん坊を抱っこしている。
 「かわいそうでしょ。橋の下に捨てられていたの」
 「そうか。どうしても育てられなくて、親が捨てたんだね」
 「うちで育てましょうよ。私どうせ子ども産めないんだし」
 「そうだな」
 「こんなかわいそうなスタートだけど、正しく生きて欲しいから、
正って名前にしてもいい」
 「いいよ」

戻る