第67回テーマ館「誕生日」



「防水ケータイ持ってる」っていったら「水に入れてみよう」というやつおるけど、おまえ「防弾チョッキ着てるから撃ってみて」っていうか?言えへんやろ?どや?!の巻 大津庵 [2007/11/03 06:53:48]


「あ」
マリコが小さく悲鳴を上げたときには、ケータイはすでに水中に潜行していた。
風呂掃除のため、湯船の水を抜こうとかがんだ瞬間、胸ポケットからダイブしたのだ。
同棲中の彼氏は、笑いながら「もうケータイ変えろってことなんじゃないの?」と言っ
た。
マリコは今のケータイを二年も愛用している。塗装もはがれているしデザインなんかも
どことなく古い気がしないでもない。だが、ボタンの配置といいメニューの配列とい
い、しっくりきているのだ。思い出もあるし、なじんでいるし、とにかく好きなのであ
る。
泣きそうな顔で必死に、溺れたケータイにドライヤーをかけた。乾燥させて水気をとば
し、復活に望みを賭け、電源ボタンを長押しする。
「ザ、ザオリク!」復活の呪文を叫ぶ。
「ドラクエか!」彼氏のツッコミが飛ぶ。
チロリーン!!マリコの携帯電話が息を吹き返した。
「うおおい!よかった!電源入った!」
「え!マジで!?」ケータイを掲げて喜びの舞いを披露するマリコに乗じて彼氏もしば
らく舞い踊った。二人とも体が温まったところでどちらからともなく踊りをやめて携帯
の液晶をのぞきこむ。
なにやらパスワード画面が表示されている。
「あれ?なにこれ?なんでロックになってんの?」
「知らねぇよ。パスワード入れて解除すりゃいいじゃん。」
「パスワード?パスワードなんか・・・」マリコは頭をひねりながら、9999と00
00を打ち込んだが拒否された。
「お前、なんかパスワード指定したんじゃねぇの?」
「え?したかな??したのかな?」ショップで暗証番号らしきものを決めたような気も
するが、ずいぶん前のことなので定かではない。
自分の誕生日も彼氏の誕生日も試したが、まったくダメだった。銀行の番号からケータ
イ上四桁から下四桁から語呂あわせまで試したがダメだった。
業を煮やした彼氏は、ショップに問い合わせろといい、マリコに携帯電話を貸したま
ま、居酒屋のバイトに出かけてしまった。
カスタマーセンターに問い合わせ、個人情報をつげると意外とあっさりと暗証番号を聞
くことができた。
”1103”。
「?」マリコは首をかしげた。なんだろうこの番号は?
不思議に思いながらも自身のケータイにパスワードを入力するとロックは解除された。
たしかに暗証番号は”1103”で間違いなかったのだ。
しかしながら、マリコはこの数字の羅列に納得していなかった。語呂あわせで読んでも
なんの意味もない。なんの意味もなくこんな数字を決めるだろうか?
このケータイを買った二年前に、この数字を暗証番号に決める理由があったにちがいな
い。二年前、二年前・・・はうぁあっ!!
突如としてダムの決壊のようにマリコの脳内にかつての様々な記憶がフラッシュバック
した。
二年前、マリコは大恋愛して付き合った男がいた。お揃いの携帯機種を買い、暗証番号
をお互いの誕生日にしていたのだ。マリコはその男のことが大好きで大好きでたまらな
かったのだが、結局、男の浮気癖で破局したのだった。
「うぬぬ・・・」マリコは自身のケータイを見つめてうなりをあげた。
かつての忌むべき思い出があふれ出し、それまでいい思い出でしかカタチづくられてい
ないとばかり信じていた愛機が突如として手の中で違和感をおよぼしはじめたように感
じた。
”1103”・・・11月3日・・・ヤツの誕生日だった・・・
しかも、今日じゃないか!
さよならしていたはずなのに、自分の知らない深いところでちゃんとさよならできてい
なかったのかもね。
マリコはそれまで愛でていた自身のケータイの電源を切った。

明日、新しい携帯電話を買いに行こう。

11月4日、新しい私の誕生日。


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