『テーマ館』 第23回テーマ「ブロック」


 「佐伯とブロック」   by  スガワラマサシ


       その夜、佐伯はいい具合に酔っ払い、上機嫌で帰宅した。彼の息子を
      喜ばせるべく買ってきた「ブロック」のセットは、彼の酒の勢いの成果
      だった。彼は幸運なことに、夜半過ぎまで営業している玩具屋を見つけ
      たのである。古風な妻が、彼を出迎えた。
      「おかえりなさい」
      「ただいま」
       そして彼は、息子への土産にブロックが在ることを、妻に告げた。
       しかしそれを聞いた彼の妻は、あまりいい顔をしなかった。「どうせ
      買ってくるんでしたら、もっとましな物を買ってきて下さればいいのに
      ――」
      「ブロックじゃ、駄目か?」
      「今時分の子供はもう、ブロックなんてやらないでしょう――」
       それを聞くと、彼は少し混乱したようだった。彼は子供部屋をそっと
      開け、濁った目で息子の寝顔を盗み見た。ひとしきりすると、彼は居間
      に戻ってネクタイを緩めた。
      「ブロックじゃ駄目か。……じゃあ、子供は、何をやって遊んでるんだ?」
      「ファミコンですよ。家にもあるじゃありませんか」
      「……ああ、あのピコピコしたやつか。本当に面白いのか、あれは」
      「わかりませんけど――みんなやってるみたいですから――きっと面白
      いんでしょう」
      「そうか、ブロックじゃ駄目か――」
       阿呆のように「ブロックじゃ駄目か」を繰り返す佐伯に呆れた妻は、
      酔っ払いには付き合いきれぬ、とばかりに寝室へ行ってしまった。
       居間に一人残された佐伯はしばらく考えこんでいたが、やがて買って
      きたブロックの包装紙をびりびりと破り、酔いに任せてそれで遊びはじ
      めた。大分しわが寄ってしまった上着を脱ぎもせず、床に胡座をかいて
      坐り込むと、傍らにはコップ酒が添えられた。

       佐伯は、時折コップを口に運ぶほかは、黙ってブロックを組みつづけ
      ている。必要以上な熱心さで作業を続ける彼の姿は、見る者が在ったな
      ら、その目にかなり滑稽に映ったであろう。酔って荒くなった鼻息と、
      小さなプラスチック片の立てる、カチャカチャという音だけが、室内に
      響いていた。

       試行錯誤を繰り返し、推敲に推敲を重ねて小一時間ほどが経つと、彼
      の『作品』は出来上がったらしい。何やらよくわからない「塔」のよう
      な奇妙な形状をしたそれは、彼自身の内面のように胡乱だったが、もち
      ろん本人は気付くべくも無かった。むしろ彼はその成果にいたく満足し
      たらしく、少し離れてそれを眺め、それから満足げに肯いた。
       彼は翌朝妻と息子に自慢することを思い付くと、床に置かれたそれを、
      テーブルの上にそっと乗せようとした。
       しかし、その作業も彼なりに慎重に行なわれた筈なのだが、それは下
      部の構造に致命的な問題をはらんでいたらしく、途中でアンバランスに
      揺れたあと、根元からぽっきりと折れて、大部分が床に落ちて砕け散っ
      てしまった。
       無力で哀愁をたたえている、という点で佐伯とブロックは非常に似合
      いの取り合わせだったのだが、うまく慰め合うのには失敗したようであ
      る。
       少しの間だけ佐伯は脱力していたが、やがて彼はあきらめたように力
      無く笑ってから、洟をかんで寝てしまった。

       後には行き場所を失った、無数のブロックだけが残された。赤や青と
      いった、どぎつい原色のプラスチック片が、絨毯の上に散らかっている。
       やがて朝日が昇り、その光がブロックの姿を美しく浮かび上がらせた。
      しかししばらくして佐伯の妻が起きてくると、彼女は溜め息を吐きなが
      らそれを片付けてしまい、その後、二度と取り出されることはなかった。


(投稿日:10月26日(月)03時07分04秒)