第52回テーマ館「ブルース」



徒然ブルース はなぶさ [2004/01/22 01:22:30]


風の音が傷を癒すと聞いたので、外に出て音を聞こうとした。
夜になったら空気も光も冷たくなってしまっていた。こんな
冷たい空気の流れが私の傷を癒すのかどうかは疑問なのだが、
とりあえず近くのベンチで風を待つ。

まだ10時前だから風は来ない。きっと11時頃にはやって
来るはずだから、それまでじっと待ち続けよう。風の音が傷を
癒してくれるはずだから。

店から心配した友達が出て来て私の腕を引く。店で暖かい中に
引き入れようとする友の顔はちょっと怒っているように見える。
そんなに怒らなくてもいいのにな、と思いながら店に連れられ
て入る。後ろに風の到来を告げる音が響き始めていた。

窓のガラスから音が伝わる。出てきてみろと言っているみたい。
私の傷を癒してくれるはずの風が遠くで何か話している。私には
こもった風の音しか聞こえない。席を立ってドアをあけて出て
いこうとすると、また友達が腕をつかむ。

店の奥から年老いた歌い手が登場してきて、今から歌うと友が言う。
ああ、そうかと席に戻って彼の歌声を聞くことにした。風はまだまだ
ドアの外で待ってくれている。彼の悲しい歌声が私の傷に響いて来る。
もう少し聞いていたいと思える声だ。

我を忘れて歌声に酔い、席を立たない私の腕を友が引く。今度は出よう
と言うみたいだ。勝手な奴だと思いつつ、仕方なく店を出ることにした。
ドアの外には風はいなくなっていた。遠くで風の音が響く。また今度と
私に告げたように聞こえた。また来るから、次こそ癒してくれよ。そう
口に出しながら終電の待つ駅に向かう。

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