第43回テーマ館「境界線」



あの時・・・ Oskar [2002/01/02 14:41:03]


航海日誌。
12月4日、快晴。

雲一つない大空は、目的を達し進む我々の航路を祝福しているようですらある。
貿易を終えて、家族への土産と織物を積んでの航海。
何事もなければ新年は家族と迎えられるだろう。

12月5日、くもり。

突然、船員の一人が船長室にかけ込んできた。
「何事かね?」
「それが帆船が見えるのですが、応答がなくて・・・」
「難破船か。
ふむ、誰か救助を待っているかもしれんな、航海長と副長、以下数人を編成してくれ」
「はっ」
この時、我々はマリー‐セレスト号としるされた船の中で奇妙な体験をすることを
知る由もなかった。

「何があったんでしょうか?」
「わからんな、この様子なら嵐に遭ったという訳でもないだろう」
船内の何処にも人が投げ出されるような嵐に遭遇した痕跡はなかった。
救命ボートも固定され、救命具の類も残されていた。
幾つかの船室に人影はなく、部屋が荒らされた様子もなかった。
「船長室ですね」
若い船員の言葉に頷いて、扉を開ける。
部屋の中におかしな様子はなく、机の上に日誌が置かれていた。

11月29日、くもり。
昨日から突如発生した霧が未だ晴れずにいる。
船員も動揺を隠せずにいるようだ。
どうも嫌な予感がする。

日誌は一週間前の日付で途切れていた。

「なにかの理由で航海不能に陥った所で、我々よりも先に航路を通った船に
救助されたのではないでしょうか?」
「だろう・・・な、よし副長らと合流し船へ戻るぞ」

ふたてにわかれ、探索していた副長らの叫び声が上がった。

「オーマイゴット!」
「ノー!!」

食堂へかけ込んだ我々の前に、まだ温かい朝食が用意されていた。
10名ぶんのホットケーキとコーヒーからは湯気が昇り、今にも船員達の談
話が聞こえてきそうな雰囲気だった。
「ゴーストシップ・・・」
若い船員の呟きに、皆我にかえった。
「戻るぞ!」
「はっ」
キャビンをかけ抜けてデッキに上がり、ボートヘと急いだ。
往路の半分の時間で、自分の船に戻り、さっきの船へ振返ると、船の周囲に
のみ発生した霧の奥へすべるように消えていった。

あれから十数年、若い者に後を任せて陸に落ち着いた私は今でも思うのだ。
若き日に見た、航海史上最大の謎と呼ばれるマリー‐セレスト号事件のことを。
日常と非日常。
あるいは生と死の狭間の境界線へ消えていったあの船は今も世界の海を漂い、
突然航路の前に現れるのではないかと・・・

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