『テーマ館』 第26回テーマ「さよなら/微笑み」


ゆきやなぎ 投稿者:いー・あーる  投稿日:04月03日(土)15時04分52秒



       「何言ってんの。会うの、これで最後なんだよ」
       からころ、と、彼女が笑った。


       今年もゆきやなぎがわさわさ揺れる。
       細い枝がことごとく、何かに向かって揺れる。
       

      「……へ?」
      「いや……だからね」

       よほど頓狂な顔になったに相違無い。彼女はやはりからころと笑った。

      「ほれ、言うでしょ、多次元宇宙」
      「言うけど?」
      「何か一つ選択するたんびに、違う選択した宇宙と、こちらの宇宙とが分かれる
      ってやつ」
      「あるね」
      「だから明日会うまでに、一つくらいは宇宙が分かれるんじゃないかと思ってさ」
      「……なあんだ」

       そういう意味でなら、大した事は無い。

      「脅かさないでよ。引っ越すかどうかするのか、と思っちゃった」
      「この時期に引越し……あ、有り得るのか」
      「春休みだぞ」

       ああ、そうか言う時が悪かったね、と、また彼女が笑う。
       からころと、あかるい音色が響く。

      「で、何で唐突にそんな話になるわけ?」
      「……うん、ゆきやなぎ見てさ、そう思った」
      「ゆきやなぎ?」

       うん、とかろく頷くと、彼女はゆっくりと唱えた。

         さよなら さよなら 
         あなたはそんなに しろいてを振る

      「……何それ?」
      「中原中也の別離、ってののもじり。本当はパラソルを振るの」
      「いや、何振ってもいいんだけど」
      「いやだから、ゆきやなぎ見たら思い出してさ」

       風になびくように、ゆきやなぎが揺れる。
       イソギンチャクに似た動き……と、思ったのだけども。

      「誰に向かって、手を振ってるんだろうね」

       彼女には、そう見えるらしかった。

      「誰って……」
      「どんどん過ぎて行く春、とかさ。どんどん散って行く木蓮や桜なのかな、とかさ。
      いろいろ考えてたら……」

       ふう、と一度口をつぐみ。

      「私らに、振ってるのかな、って思ったんだよねえ」

         さよなら さよなら
         あなたはそんなに しろいてを振る

      「どうして?」
      「んー」

       彼女は、困ったように笑った。

      「あたしらも、生きて後、60年だもん」

       とうん、と、言葉の端が澄んで響いたのは、その言葉がひどく痛かったからだろうか。

       いつかは、自分たちもこの通い慣れた道を外れて。
       いつかは、この通い慣れた道さえ忘れてしまって。

      「………言っていい?」
      「何?」
      「……滅茶苦茶、深刻な顔してる」
      「深刻な話題、そっちが振ったくせにっ」

       彼女は、やはりからころと笑った。


       ゆきやなぎは、やはり今年も揺れる。
       見ている場所は、あの頃からすっかり変わった。
       思い出せないことも、それこそたくさん降り積もった。

       それでも、彼女のあのからころと澄んで響く笑い声と、
       ゆきやなぎの揺れるさまは、不思議と残っている。
       全ての記憶に向かって。
       全ての名残に向かって……と、
       多分、そう見るのは、私のせいなのだろうけれども。


       からころと、笑いながらゆきやなぎは手を振る。
       永遠の断片を見るようで、思わず私もほっと笑う。
       

         さよなら さよなら
         あなたはそんなに しろいてを振る