第40回テーマ館「三日月」



三日月玲瓏……他愛の無い話 いー・あーる [2001/06/21 20:07:59]


 『三日月の先端から 光をこうのばします』

 白い手袋に包まれた指で、鋭いような光をつまみ。

 『さうして これをこちらに張ります』

 ごく他愛も無いことのようにすいすいと。

 『いっぽんでは弦もさみしいでせう もういっぽん』

 もういっぽん、もういっぽんと呟きながら、結局数本の弦を張り。

 『さあ おためしなさい』

 そう言って男は、丁度竪琴のようになった三日月を差し出すと、
ひどく古風な声の響きのままに、笑った。

  セロの弦の 深く伸びる音のような…………

 そしてぽかんと目が醒めた。
 かぱりと起きあがった弾みに、頭に載せていたタオルが頬から肩へと落ちた。
 どこかなまぬるかった。

 開けっぱなしのカーテンの向こうは、まだ薄明るく。
 街灯の光が、まだ間の抜けたように見える中。

 丁度視線の真っ直ぐ向こうに、確かにとぼけたように。

 三日月が、ひとつ。
 しろく、ぽかんと。

 ぽかん、と。

 けれどもその月は、長くなるばかりの逢魔ヶ刻にまだ白く。
 褪めた色合いの空に、白い絵の具をこすりつけたように頼りなく。
 ただ、浮かぶばかりで。

 音が鳴りそうになかったから、もう一度仰向けに倒れた。
 ぱふ、と、肩にあたる布団の頼りない感触。
 額から 熱。

 目を瞑る、やはり寸前に。
 微かに音を聞いた気がした。
 玲瓏と。

 それもまた夢か それもまた現か
 どちらでも良くなって、目を閉じた。
 夢の中で鳴ってくれるなら、それも良いかな、と。
 それだけ思って。可笑しくなって。

 『では 鳴らしませう 貴方のために』
 そんな声を、微かに聴いた。
 そしてもっと微かに……月が鳴るのを聴いた。

 そんな季節、そんな宵。

 ………他愛の無い話である。

戻る