第58回テーマ館「死」
死神に出会う しのす [2005/07/04 00:05:52]
うつらうつらしていたようだ。
はっと目が覚めると、バスの中だった。
そうか、高校の同窓会があって、帰りのバスの中だった。つい寝てしまった。
隣には近所の田中が座っている。こいつも寝てる。バスの前方には、他には客はいない。
後ろには、やはり近所の大石が−−。
「わっ」
後ろを振り向いて、驚いた。
バスの一番後ろの席の大石は、蒼白な顔をして座っていた。
その隣に座っていたのは、どう見ても、死神だった。
黒っぽいフードをかぶって、うつむきがちで顔ははっきりと見えないが、手には大きな鎌を持ち、その鋭い切っ先は、今にも前の田中に刺さりそうだった。
「これ、どうみても死神だろ」と、大石がひきつった笑いを浮かべて言った。
「うたた寝してて目が覚めたら、隣に座っていたんだ」
顔をのぞき込もうとしたが、フードの中には虚無が広がっていて見えない。コスプレとは違う本物の雰囲気が漂っていた。
「本物らしい。リアルだもんな」
「おい、田中」と田中を起こす。
田中は目を覚ますと、「どうしたどうした」と言いながら、振り返って、
「おっ、危ねっ」と鎌に驚いて反対側の席に移った。
「やっぱりお前にも見えるんだな」
「死神って奴か。本当にいたんだ」
「しかしなぜ、死神が」
「誰かを迎えにきたのか」
「……誰を」
「この中の誰かを、か」
三人は顔を見合わせて、黙り込んだ。
気まずい沈黙の後、俺はわざと明るく言った。
「でも俺達は、まだまだ若いし」
「若さは関係ないだろ。おい、井上、お前、昔から身体弱くて、しょっちゅう学校休んでいたし、お前を迎えに来たんじゃないか」
「冗談だろ。今も病弱だけど、死ぬような大病にはかかってないし」
「じゃあ、大石だ。隣に座ってるしな。大体お前は、そうとう悪いことばっかしてるしな。散々いろんな人から、恨み買ってるし。バス、降りたところで、誰かにブスって」
「なんだと、死神の鎌は、お前に向いていただろ。だから、狙いはお前なんだよ。お前こそ、何度もリストカットして……」
「おい、やめとけ」慌てて止める。田中もいろいろとワケありだった。
田中も大石も、不愉快そうに窓から外に視線を向けた。
死神の様子をうかがうと、我々の会話が聞こえているのか聞こえていないのか、死神はうつむきがちにすわったままだった。
死神は普通迎えに来た人物にだけ見えるのではないだろうか、と俺はふと思った。
「ちょっと待てよ。みんなに見えるということは」
俺は、やっと気がついた。
「俺たち、三人とも連れて行く気なんじゃないか」
「え。どういうことだ」
「三人が、一度に命を失うのでは」
「ということは、もしかしてこのバス」
「このバスが事故る−−」
その時、ピンポンという音がし、続いてバスが甲高い音を立てて、急停止した。
三人とも前のシートに、身体を激しくぶつけた。
横腹をしたたか打った。痛みでうめいていると、死神が立ち上がる気配がした。
見ると、死神はバスの前に向かって歩いていく。心なしか肩を落としていて、疲れているようだった。
死神は、運転手に
「ありがとう」
としゃがれた声で言うと、バスを降りていった。
「急停車、ご注意願います。パス、発車します。次は大橋です」
運転手が言うと、バスが走り出した。
俺たちは、死神が降りた側の窓に移動した。動き出したバスの窓から外を見ると、死神が出迎えの子どもと妻らしい人物たちと話している姿が見えた。
仕事帰りの父親を家族が出迎える、幸せそうな一場面だった。
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