第58回テーマ館「死」



星になる、その後 しのす [2005/07/15 06:39:50]

 「ねえ、せんせ、せんせ」
 2人の小学生が駆け寄ってきた。
 一人は長い髪の古風な日本人形のような子、もう一人はショートカットの
元気そうな子だった。
 悠里ちゃんと香奈ちゃんだっけ、と教育実習3日目の高畠は、思い出した。
 「人は死んだら星になるの?」
 憂いを持った瞳で見上げられ、そんな質問をされると高畠はどきっとした。
 「そんなこと嘘だよ。非科学的な迷信さ」
と打ち消すことは簡単だが、ここはやはりロマンティックに行かないと。
あいつは融通の利かない教生だ、と嫌われたくない。
 「そうさ。人は死んだら星になって、空から君たちのことを見守ってくれるんだ」
 「じゃあ、私のおじいちゃんも」悠里は、そう言うとうつむいた。
 「え、君のおじいちゃん。なくなられたのかい……」
 身近な人物の死は、小学生にとってはとても大きなショックだったに違いない。
励まさなくては、と高畠は思った。
「うーん、おじいちゃんは、きっとお空で君が無事成長することを見ているよ」
 「死んだら星になるのなら、だれが死んで太陽になったの」
と香奈ちゃんが明るい声でたずねた。
 「え、太陽?」
 高畠は、やはり小学生の質問だ、と心の中で笑いながらも、
 「太陽みたいに明るくて美しい人、そうだな、オードリー・ヘップバーンていう
女優さんかな。彼女が死んでなったんだよ」
 「じゃあ、月は?」
 「知的な美女、グレース・ケリーだろうね」
 「星飛雄馬も死んで、巨人の星になったの」
 「よく巨人の星なんて知ってるね。そうさ。死んで飛雄馬は巨人の星になったんだ」

 突然2人の目つきが、悪くなった。
 「だから大人はダメなのよ」
 「特に先生っていう人種は」
 「よくもそれだけいい加減な事、言えるわね」
 「小学生だからって馬鹿にして」
 「非科学的」
 「いいこと、人は死んだら塵にかえるの」
 「だいたい星って言ったら、恒星のこと指すのよ。太陽と月は惑星でしょ」
 「しかも太陽は約50億年前にできたのに、ヘップバーンですって。
1993年に死んだのに、なんで太陽になるの」
 「グレース・ケリーは1982年に死んだのよ。月は約46億年前からあるのに」
 「こいつ、頭悪いよね」
 「星飛雄馬って、マンガの主人公がなんで死んで星になるの」
 「しかも一徹が指さしていた巨人の星は、飛雄馬が死ぬ前からあるし」
 「つか、飛雄馬って死んでないし」
 「ばっかじゃないの」
 二人は、呆然とする高畠を残して走り去る。
 振り向くと、吐き捨てるように言った。
 「あんた、先生に向いてないし」
 「100年たっても、なれないし」
 そしてふたりは、声をそろえて言った。
 「ば〜か」

---------------------------------------

 「先生、人は死ぬとどうなるんですか?」
 「人は死ぬと星になるんだよ」
 「なんて言うと思ったら大間違いだ。人は死んだら塵に返るだけさ。
星になんかならない。絶対ならない。ははははは、どうせ俺はだめな教師さ」
 「おい、押さえろ」
 「暴れるな」

 「一次試験は優秀な成績で通ったのに」
 「命の大切さと死の尊厳を問う模擬授業で、平静を失うとは…」
 「なんだか教育実習時に、生徒からおちょくられて、嫌なめにあったらしいですよ」


--------------------------------------------------------------------------------



戻る