第58回テーマ館「死」
死が… しのす [2005/07/17 23:09:05]
人生に絶望して、私は知らない町へ旅立った。
しかし町をうろついても、何も私を助けてはくれなかった。
あたりは薄暗くなり、町で一つしかない古ぼけたホテルに泊まることにした。陰気な顔をしたホテルマンが、無言のまま部屋のカギを渡してくれた。
案内もされずに渡されたカギと案内図を元に、自分の部屋を探して中に入る。疲れ果てた私は、暗い部屋のベッドに身体をなげだすと眠ってしまった。
たたき起こされて目が覚めると、陰気なホテルの私の部屋のベッドのそばに3人の男たちが立っていた。
3人は黒い覆面をし、1人が棺桶につけた紐を持っていた。もう1人は大きなスコップ、そして最後の一人は大きなハンマーを持っていた。
棺桶を持った男ががなり立てた。
「棺桶を運べ、墓地まで運べ」
すると他の2人が陰気な声で同時に言った。
「そうさ、お前の仕事さ」
わけがわからなかった。
「だ、だれ?」やっと絞り出した声は、男がハンマーで床を叩く音に打ち消された。
「お前の仕事だ」
私は恐怖をおぼえ、それ以上抵抗する気もなくなり、ベッドから降りると棺桶のもう片方の紐を持った。
陰気なホテルの廊下で棺桶を引きずりながら、どうしてこういう羽目になったのか、何度も何度も考えたが、頭は全く働かなかった。ただ恐ろしいばかりだった。
冷たい雨が突き刺さるように降っていた。そんな中棺桶を引きずっていく。雨に濡れた地面の上を引きずるのは重労働だった。しかしやめることはできなかった。
やがて墓地につくと、スコップを持った男が吠えるように言った。
「穴を掘れ、深く掘れ」
「そうさ、お前の仕事さ」2人が言った。
雨にぐしょぐしょに濡れ、泥まみれだったが、とても断れなかった。それほどの恐怖が、私の行動を縛りつけていた。
言われた場所をスコップで掘る。ふらふらしながらも、何とか深い穴を掘ることができた。
「棺桶を穴の中に入れろ」
「そうさ、お前の仕事さ」
ふらふらで倒れそうだったが、最後の力を振り絞って、棺桶を押して穴の中に入れる。
「ふたを開けろ、死体を入れるため」
「そうさ、お前の仕事さ」
重いふたをなんとか開けると、中は空っぽだった。
「死体を入れろ」3人が言った。
あたりを見まわしても、どこにも死体はなかった。
「でも、どこに?」かすれた声でたずねる。
すると3人が、陰気な声で言った。
「そうさ、お前が死体なのさ」
ここで、呪縛の糸が切れた。殺されてなるものかと、最後の力を振り絞って走り出そうとした。
が、疲れ果てた足は、言うことを聞いてくれず、その場で前のめりに倒れてしまった。
私は3人に腕をとられひきずられると、棺桶の中に放り込まれた。苦痛が全身に走る。と次の瞬間ふたが閉められ、私は真っ暗闇の中に1人取り残された。
このままでは埋葬されてしまう。
「やめてくれ。私はまだ生きている。出してくれ」
すると棺桶のふたが開いて、男たちが言った。
「まだ生きてると思うのか」
陰気なホテルの私の部屋。
心臓発作で死んだ私が、ベッドにうつぶせに寝ている。
もうすぐ死体は発見されるだろう。
(アイルランドの昔話「お話を知らなかった若者」を読んで)
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