第44回テーマ館「運命」



春 華丸縛り [2002/03/13 23:04:26]


草凪徹矢が教室に入ると、イスが半円状に並べられていて、手前から順番にA、B、C、というよ
うな張り紙がしてあった。
「どうぞ、座ってください」
黒板付近に机を繋げて、3人の面接官が草凪に視線を集めている。
アルファベットはAからFまであった。六つのイスが、草凪一人のために用意されている。
彼は戸惑った。
「あの……、どのイスに座ったらよろしいんでしょうか」
草凪は遠慮がちに質問した。入試面接参考書にも、このようなケースは書かれていなかった。
「どうぞ、お好きなイスに」
一番右端に座っている、この中では最も若そうな面接官の手の平が、イスの端から端へ移動し
た。
(もうすでに、面接は始まっている……)
草凪は、このイス選びにも、当然何かの理由があるのだろうと考えた。常識的な行動を取るのな
ら、一番真ん中のCとDの席である。三人の面接官にとっても、その位置が一番バランスがいいは
ずだ。
「失礼します」
草薙はそう一礼して、すたすたと教室を横断した。そして太陽の日差しが眩しい、一番窓際のイ
スへ腰を下ろした。Fの席である。
(やっぱりこういうときは、常識的な行動をするよりも、個性的な選択で印象付けしておかなく
ちゃな)
ニヤリ、と草凪の口元に薄い笑みが浮かぶ。
ちらりと面接官の顔を見やった。両端に座っている面接官の顔に目立ったものは感じられなかっ
たが、真ん中に座っている、髭を生やした面接官の右手が紙の上をすらすらと踊っていた。やは
りこれもチェック項目の一つだったのだろう。
(よし……)

「では、始めましょうか。まずは受験番号と氏名、出身中学を教えて下さい」
一番左端の、このなかでは最も古株だろう面接官の言葉で、本格的な面接試験が始まった。
いよいよ来た。参考書通り、始めは受験者の自己紹介からだ。
(最初が肝心だよな……)
ぎゅっと膝の上の拳を握る。胸の奥で軽い深呼吸をして、草薙はその第一声目に神経を集中させ
た。
「じゅけんばん―――」
と、彼がはつらつと、応答を始めようとしたときである。
「ちょちょちょっと、待って待って」
いきなり、若い面接官が草凪の口をふさいだ。
「は、は、はい。すいません」
咄嗟のことで、条件反射的に謝る草凪。勢いが空回って、声が裏返ってしまった。何がまずかっ
たのだろうと、心臓の鼓動が速くなる。
「気がはやるのはわかるけど、ね。まずは、Aさんから。次はBさんという形で、順番にお願いし
ます。Fさんは、一番最後ということで」
「……は?」
急に、若い面接官の人が、そんな不可解なことを言った。
「それではいきましょう。Aさん、まずは受験番号から」
「あ、あっ、あの」
そして、若い面接官の視線は、明らかに空席のはずのAのイスへ向けられた。
訳が分からず、草凪は他の二人の面接官の方を向いた。だが他の二人も同様、誰もいないA席に
耳を傾けていて、その姿は真剣そのものだった。
(なんだこれ……)
彼らの行動の理由がみえない。ふざけてやっているのか。遊びでやっているのか。
それにしては目が鋭すぎる。
(これも、何かのテストか?)
そう考えるのが一番適当な気がしたが、草凪はどう対応をすればいいのかまるで分からなかっ
た。それに一体何を試す試験なのか、見当もつかない。
「はい、わかりました。続いてDさん、お願いします」
そんな風にして、姿の見えない受験者の自己紹介が進んでいる。しきっているのは、あの若い面
接官だ。真ん中の人は相変らず何かを書き込んでいて、左端の年老いた面接官はただしきりにふ
むふむと頷いている。
「では、次にFさん」
そして、草凪の番が来た。
「……」
だが素直に、彼は応じることができなかった。
「どうかしましたか? まずは自分の受験番号からですよ」
穏やかな口調で言う面接官の表情に、草凪は一種の寒気を感じていた。
「受験番号2397番。草薙徹矢……」
ぼそぼそぼそと、納得のいかない表情で草凪は答える。こんなことは絶対におかしいと感じなが
らも、彼はそのことを面接官にぶつけるだけの度胸を持っていなかった。
「出身学校は、七原中学です」
「はい、わかりました。Fさん、もっと元気よくいきましょう」
「……すみません」
音は出さずに、草薙は内心で小さく舌打ちをした。
「では、続いてGさんお願いします」
思わず彼は、自分の左の壁に目をやった。
(Gさんだって!?)
席は6つ。受験生は草凪一人だが、座ることのできるイスはAからFまでしか存在しない。
(何を言っているんだ、こいつは)
草凪の表情が明らかに険しくなる。だが面接官のなかに、いまの発言をとがめる者などいない。
それどころか―――
「受験番号、2401番。有吉銀蔵」
一番左端に座っていた面接官が、そのGさんになってしまった。
「―――」
これには草凪も、ただ絶句するしかない。
「Gさん、中学校名もお願いします」
「あっ、すみません。出身中学は……」
まるで当たり前のごとく、面接官同士の面接試験が、草凪の目の前で繰り広げられている。どの
出版社の参考書にも、このような事態の対処法など載っていなかっただろう。
「はい、ありがとうございました。続いてHさん」
そこでGさんの生き生きとした受験生の顔が、厳しい面接官の顔へとうつり変わった。その変化
の仕方はまるで鮮やかで、草凪はもう彼らのコントを黙って見るしかなかった。
「受験番号―――」
と真ん中の面接官は、自分で自己紹介をしながら、その内容を受験生のチェックシートに書き込
んでいる。左端の面接官は、ただ聞いているだけだ。
「はい、ありがとうございました。続いてIさん。―――はいっ」
草凪は、どこかゆるんだ顔つきで、窓から空を見つめた。今日は朝から快晴である。
(隣の棟でも、こんな面接が続いているんだろうか……)
「出身中学は、市立カトリック中学校です。―――はい、ありがとうございました。とても元気
よく、言えましたね」
太陽の朗らかな光と澄みわたる青空。実をつけ始めたサクラの木が、春の訪れを予感させる。
「それでは続いて、志願理由を質問したいと思います。どうしてこの学校を進む事を選んだの
か。そう思ったきっかけと合わせて、二つ答えてください。今はAさんからだったので、今度は
順番を逆にしましょう。まずはIさんから。―――はい!」
冬が終われば春が来る。
どんなに異常な事態があろうとも、それは変わらない自然の運命である。
だが―――
「私がこの高校に入ろうと思ったきっかけは……」
草凪にはもう春は来ない。
それは第一志望をこの高校に決めた時点での、彼の運命だったのかも知れない……。

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