第42回テーマ館「悪魔」



悪魔祓いの娘 SOW・1・ROW [2001/11/14 11:13:48]


 今日も父は忌まわしい存在に取り憑かれた私の前で苦しんでいた。
 父はさる宗教の司祭でありながら、異端者たちを滅する任務にもついていた。だが、そんな彼
に私のような娘が生まれてくるとは運命とは残酷である。母や祖父母もみんな嘆いている。大司
教様に応援を頼もうかとも話が出たが、父が自らの面子にかけて私を祓うと申し出たのだ。長年
培ってきた父のプライドがそうさせたのだろう。
 払い落としてやる、払い落としてやると連日連夜、彼は軋む体を横たえる私を見下ろしてい
る。
 私に信じられない力が生まれたのは、数ヶ月前のことだ。それは父の傍らで見てきた排除され
るべき異端の力と存在であった。
 この力は制御が出来ない。突発的に発生し周囲を巻き込む。そうまるで爆弾のように嵐が吹き
荒れ、意識のない私の口から意味不明な言語がはじかれると朧気な魂のような光が飛び交い、そ
れに体を貫かれると、、、。
 いつも自分の行いに気づくのは終わったあとで、死者を弔う遺族たちの恨みまがしい目に自分
の存在を呪った。もう、少なくない犠牲が出ている。
 だが私は、その力を使う瞬間がとても心地よく感じてしまってもいる。意識は無いのだが感覚
だけはあるのだ。この不思議な状態において、体を駆け巡る力は強い快楽を私に齎す。心のどこ
かでまた味わいたいとさえ思えるほど甘美なのだ。しかし、そう思う自分を嫌悪もしている。何
故なら私は忌まわしき異端の存在に蝕まれているのだ。父達の仲間でありながら、敵になってし
まったのだ。そんな私自身が、その力に溺れてはいけないと思う。この理性が最後の砦なのだと
思っている。
 最近では声まで聞こえ始めた。快楽も強くなっている。声はこういっている。
「身を委ねるのだ」
 その言葉は凄く魅惑的だった。快楽に溶け込めたらどれだけいいだろう。
 だが、私を救おうと身を削り、命を捧げている父の勇姿を見ればそんな思いは嫌悪感や羞恥心
とともに消し飛んでしまう。必死にその声に向かって。
「出て行け。私の中から出て行け」
 という拒絶の声を返している。だが、それも無駄なのだ。現在安定しているのは、父の壮絶な
祈りの意思と力で私の体自体を封印しているからだ。それほど私の体はすでに蝕まれている。も
う眼球と声と意識しかないといってもいい。封印の上から父は力を行使して祓い落とそうとして
いるが、まったく効き目が無いのも当の私がわかっている。
 これではいつ父が力尽き、私が仲間を皆殺しにするかわからない

 そして最も恐れていた時がきた。父が力尽き、倒れたのだ。
 その瞬間、私の体から力がはちきれんばかりに溢れ、意識などチリのように消し飛びそうにな
ったが、私はもうこれ以上の殺戮を見たくなかったから必至でとどまった。
 事態に気づいた家族が私のいる部屋に入ってくる。
「私から逃げて」
 どうにか動く口から出た言葉もか細いのか彼らには届かず、私の体は浮き上がり、そして力が
完全に発動した。強い快楽が私の体を駆け巡り、とうとう最後の意識が、消えた。

 気づいた時には、周囲に生きている者は誰もいなかった。移動していたらしいのか、元いた場
所とも変わっていた。血は流れないが魂の無い骸が私を取り囲んでいる。
 そして、私は白い光に包まれていた。快楽の余韻で茫然自失になっていた。
 もう、私の中には一変の負の感情は無く、清き心地よさしか残されていなかった。どれだけ探
しても、私の負の感情はどこにも無かった。私は大事にしていたものがぽっかり消えたようだっ
た。
 目の前には、これも私が行ったのだろう、祭っている神像が脳天から真っ二つにされている。
だが、私はその像が逆に忌まわしく思えた。吐き気さえする。今まで崇め奉っていた自分の、正
常な意識は消え去ってしまったようだ。私はもう、父の完全なる敵になってしまったのか。異端
の力に取り込まれ、完全に汚染されたのだ。あのまま自我など消え果ればよかったのに。
 内面をそっくり作り変えられて、意識と感覚が噛み合わず混乱して、もう、何もかもどうでも
よくなった。
「私に身を委ねるのだ」
 声がする。もういい。どうでも。
「さぁ、自らの意思であの像を完膚なきまで破壊するのだ」
 すると、徐々に体から力が湧いてきた。それは制御できる手ごたえを感じた。
「あの忌まわしき存在の偶像を」
 その衝動に任せ、いまだ原形をとどめているその忌まわしい像に私は力を解き放った。

 そして、父が、母が、祖父母が、仲間が崇め奉ったであろう、その悪魔像は私の聖なる力で木
っ端微塵に爆発し、浄化された。
「これで君も聖女となった」
 神々しい光が私の元に降りてきた。

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