『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


輪廻転生 投稿者:猿風機  投稿日:09月05日(日)04時39分04秒

             
       君は輪廻転生って知ってるかい?
       そうそう。生き物が死んだら、また何か違う生き物に生まれ変わるってやつ。
      一般的にこの考え方は仏教特有のものだと思われているようだけど、別にそんな
      ことはないんだよ。世界中どこにもこういった輪廻思想はある。例えば、古代ギ
      リシアやローマにあったストア哲学なんかにもこの輪廻転生の考え方は見られる
      ね。
       ん?なんでこんな話をしてるのかって?まあいいじゃないか。とりあえず僕の
      話を聞いてくれよ。
       たいていの人間は死にたくないと思っている。君も死にたくはないだろう?痛
      いから、苦しいから、存在の消滅が悲しいから、あるいは種としての防衛本能か
      なんか知らないけど、人は、生物は基本的には、死にたくないと考える。しかし
      反面、自ら命を絶ってしまう人もいるけどね。自殺するにはそれ相応の理由があ
      ると思うだろ。それはイジメだろうか?リストラだろうか?はたまた恋に破れて
      か?でも本当はそんなにたいした理由なんてないんだよ。ただ、甘美なる死の誘
      惑に負けてしまっただけさ。いや、死の先にあるものに、と言った方がいいのか
      もしれないな。

       僕は輪廻転生はあると思っている。もっとも、これは僕の考えだから真相かど
      うかなんてわからないよ。
       人間を含めて生物、まあ生物の定義も難しい問題ではあるんだけどそこはとり
      あえず置いといて、生物を構成する要素には「身体」と「魂」があると思う。身
      体はまあわかるだろ?でも、魂は言葉では説明しにくいね。なにせ人の目には見
      えない物だから。一つ言えることは、魂と身体どっちが生物の本質かと問われれ
      ば、それはもちろん魂の方だということだ。ただ勘違いしてはいけないのは、魂
      は自我とか精神とか心理とか意識なんてものとは、基本的には関係のないものだ
      ということ。だってそれらは身体の一部の脳が作り出しているものだからね。
       魂とは、そういったものを超越した、次元の違う存在なのさ。
       そして身体は魂の入れ物に過ぎない。身体なんて要するに、自動車のようなも
      んだよね。キーたる魂を入れて、初めて動く。車も生き物の身体も壊れたらその
      部分を取り替えちゃえばいいんだしね。つまり身体はただの消耗品ってわけだ。
       でも魂は違う。違うと思う。多分この魂ってのはさ、身体が消滅しても無くな
      らない。宇宙創生時にある一定の魂量みたいなのものが決められててね。その量
      は世界が生まれてから今まで、そして未来永劫不変なんだと思う。
       例えば宇宙に100億個の魂が作られたとしようか。実際はもっともっと多い
      はずだけど。その魂100億個は、1個の身体につき1個ずつ入れられている。
      そして肉体が滅びたら、魂はそこから抜け出し新しい身体へと移る。
       この繰り返しで世界は成り立っているんだ。拡大再生産ならぬ一定再生産とい
      うわけだ。

       最近では、たまに2個や3個魂が入っちゃってる身体も見かけるけどね。それ
      がいわゆる多重人格の原因となっているのさ。もちろん人格を作り出しているの
      は脳の方だよ。植物には脳がないけど、あれは身体自体が動物脳の中枢のような
      役割も果たしているから同じようなもんだ。たぶん、生物の脳は魂1個につき自
      我を1個作り出すようにプログラミングされているんだね。だから多重人格とい
      うのはすべて偶然の産物なんだね。1個のところにたまたま2個入っちゃった。
      ゆえに2重人格。ただそれだけのことさ。
       ところで多重人格って人間にだけ起こることだと君はおもっているだろう。と
      ころがそんなことはないんんだな。魂1:自我1というのは、あらかじめ脳にイ
      ンプットされていることだから、それは別に進化の進度や知能レベルとかは関係
      ないんだ。猿でも犬でも、もちろん植物にだって起こり得ることなんだよ。
       まあ、犬やサボテンに人格って言うのもどうかと思うけどね。普段おとなしい
      犬が、突然狂ったようにあらぬ方向に向かって吠え出す。僕なら獣医に見せる前
      に、精神科医に連れて行くね。

       話がちょっとずれたから戻そう。身体は壊れる。魂はなくならない。
       では身体を失ってしまった魂どうすればいいのか?簡単なこと、新しい身体を
      あたえてやればいいのさ。死んでしまった身体はいずれ原初の状態にまで還元さ
      れ、また再び新しい身体を作るための材料となる。これって、ちっちゃい子が粘
      土で作った人形で遊んで飽きてしまったら、ぐちゃぐちゃにして違う物を作るこ
      とに似てるよね。そして一方魂の方は新しい依り代を得て、再びの生をまっとう
      しようとする。

       じゃあ魂が古い身体で得た情報は一体どこにいってしまうのか?わかるかい?
      ふふふ、別にどこにもいっちゃいないのさ。全て魂の中に記録されているんだ。
      そう、全部ね。それは恐ろしいほどの情報量だろう。なにせ宇宙創生以来の記憶
      だからね。
       しかし、何故今の身体で古い記憶・前世の縁なんかを思い出したりしないんだ
      ろう?
       君はキャッシュカードで銀行から預金をおろした事はあるかい?その時に暗証
      番号を入力しなくちゃいけないだろ。たいていの人は、好きなアイドルのスリー
      サイズを足した数字に自分の年齢を掛けて出た数字にしてるらしいね。君はどう
      せ生年月日をそのまま暗証番号にしているクチだろ?まったく、あぶないなぁ。
      知ってる人にカード拾われたらアウトだぜ。まあ、ともかく原理はその銀行の暗
      証番号と一緒だ。
       魂は、記録されるべき情報が全てが記録された時点でロックがかかってしまう
      んだな。そして子の鍵を開けるためには暗証番号が必要になるってわけだ。たぶ
      んその暗証番号っていうのは身体の方、脳の中にでも残っちゃうんだろうな。魂
      だけでは秘密のキーを知ることは出来ないんだね。キャッシュカードに暗証番号
      書いとく馬鹿はいないのと一緒だよね。
       そんなわけで僕らは前世の記憶が思い出せないんだと僕は思う。いや、ちょっ
      と違うか。思い出せないと言うよりも知らないと言った方がいいのかな。普通の
      状態では脳が魂のロックをとくことは出来ないから、脳が魂に蓄積された古い記
      憶を引き出すことはありえないんだ。
       でも、きっと君の持っているカードにも膨大な量の情報が刻みこまれているは
      ずだよ。

       ちなみに脳が魂に情報を書きこむのはおそらく死ぬ直前だね。
       ほら、よく「死の間際に、生まれてからその時までのことが走馬灯のように思
      いだされた」とか言うじゃない。あれがまさに記録しているその時なんだ。きっ
      と、スゴイ速さで書きこんでるんだぜ。一瞬でン十年間全部きろくしちゃうんだ
      もんな。
       死にそうな人の身体に耳を当てたら、カリカリカリカリカリっていう書きこみ
      の音が聞こえるかもしれないね。今度やってみたらどうだい?

       さて、だいぶ輪廻についてはわかっただろ。で、どうだい?君は死んでみたく
      なってこないか?
       僕はね、輪廻転生があると考えるようになってから、日に日に死への誘惑が強
      くなるのを感じた。そしてもうその誘惑は臨界点を越えてしまったようだ。次に
      ある生を見てみたい。再び人間になるという保証はないし、どんなモノに生まれ
      るかなんて全くわからない。それどころか、こうして輪廻を信じている心も深く
      魂の中に押し込められてしまって、それに気付くことは決してないはずだ。
       それでも僕は死んでみたい。そして、生きてみたいんだ……。


                      ※           

       突然の夕立に洗濯物を取りこんでいると、妻が買い物から帰ってきた。
      「アー、もう!なんでいきなり降るのよぉ。まったく、ゆっくり買い物も出来や
      しないわ」と玄関でひとりグチっている。私がタオルを持って玄関まで行くと、
      妻は両手にはちきれんばかりのビニール袋を4つも下げているではないか。十分
      に買ってるじゃないか、と心の中で毒づきながらも、タオルを手渡す。
      「あら、アリガト」
      妻は私からタオルを受け取ると、体を拭きながらキッチンの方へと歩いていく。
      「それ、持ってきてー」
      はいはい。私が女王様の命に従おうとした時、ふと目の中になにかが飛び込んで
      きた。まわりを見まわしその正体を探ると、ゲタ箱の上にちいさなサボテンの鉢
      が置いてある。
      「このサボテンも買ってきたのー?」
      「なあにー?」
      「サボテーン!」
      妻が顔だけひょいと廊下に出した。
      「あぁ、それ?うん。なんか花屋さんで安売りしてたから買ってきたの。ちょっ
      と良い感じでしょう?とりあえずそのサボテンはそこに置いといていいから、早
      く荷物持ってきちゃってよ」
      「あ、ああ、うん……」
      私はしばらくそのサボテンを眺めていたが、「あなた!」の声には逆らえずスー
      パーの袋をぶら下げてキッチンへと向かう。
       それは妙に懐かしい感じのするサボテンだった。