『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


羊 投稿者:猿風機  投稿日:09月09日(木)06時31分38秒
            

      むかしむかし、ある所に一匹の羊がいました。
      地面に生える草を食べ、川に流れる水を飲んで暮らしています
      白くてふわふわとした毛でおおわれた、
      その羊は生まれた時から一匹でした。
      親もいなければ話をする相手すらもいないのです。
      でも、羊は少しも寂しいとは思ってはいませんでした。
      なぜなら羊は誰とも会ったことが無かったので、
      寂しいという気持ちはわからなかったのです。

      ある日、羊は夢を見ました。
      夢の中にはたくさんの羊が出てきて、みんなで仲良く暮らしています。
      その中の一匹は羊にとって特別な存在に思えました。
      他のよりもいい匂いがしたからです。
      羊は目がさめると、そのいい匂いのする一匹を探す旅に出ました。

      羊は、ずっとずっと歩き続けました。
      草原を抜け、森にさしかかるといった所で羊は何かを見つけました。
      それは空中をひらひらとしています。
      「あなた、そんなところでなにしてるの?」
      羊はまさかそんなひらひらしたものが口を利くとは思わずに、
      ひどく驚きましたが、とりあえず自分と同じような姿をしたものをどこかで
      見かけなかったか聞いてみました。
      するとひらひらは、この森を抜けたところにいっぱいいたわよ、と言います。
      羊はその不思議なものに礼を言い、森の中に入っていきました。
      もうすぐいい匂いのするやつに会えるんだと思うと、
      羊はちょっと嬉しくなり足取りも軽やかになりました。

      森の出口が見えてきました。
      その出口の辺りになにか黒っぽいものがうずくまっています。
      そしてどうやらその黒っぽいものは、羊の方を見ているようです。
      羊は、さっきのひらひらに聞いたのと同じことを再び尋ねてみようと思いました。
      しかし羊が声を発することは出来ませんでした。
      いつのまにか、その黒いものが羊の首筋に噛み付いています。
      何か鋭い物が、体の中に突き刺さっていくのが羊にはわかりました。
      羊は痛いと思いましたが声は出すことが出来ません。
      またそれがどういうことなのかもわかりません。
      ただ、はやくいい匂いのする夢の羊に会いたいな、と思うだけです。