『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


戦場 投稿者:Lepi  投稿日:10月03日(日)09時21分44秒
       

      雨のしずくが頬を打ち、俺はうっすらと眼を開けた。
      (死にたくない……)
      だが、体に開いた穴から血が流れ出し、その望みは薄れつつあるのが分かった。
      向こうには先ほど俺が倒した敵兵の死体が横たわり、うつろな目がこちらを見ている。
       − 死にたくないってのかい?
      死体は俺に向かって語りかけてきた。
       − だけど、これはお前たちが望んだことなんだぜ。
      (うそだ! 俺たちは戦争なんて望んじゃいなかったんだ!)
      死体の顔が動くわけもないが、その顔が笑ったような気がした。
       − お前たちが現政権を選んだ。その、お前たちの選んだ政治家が始めたことだ。
      (俺は選んじゃいない! これまで選挙なんて行かなかったんだ!)
       − だったら同じことさ。棄権ってことは、予め当選者を認めたってことさ。
       − 死にたくない、か……。それで良いんだ。
       − 難しい理屈なんていりゃあしない。それで選べばよかったんだ……。
      雨が地面を打つ音が激しくなり始める。死体の声は、雨音がつむぐ幻聴だろうか。
      だが、その内容は反論することが出来なかった。俺はかろうじて言い返した。
      (あんたはどうなんだ。そっちが仕掛けてきた戦争じゃないか!)
       − 俺の国かい? ダメだったね。10年ぐらい前から、政治的無関心ってやつが流行してさ。
      (だったら……人のことなんて言えないぜ)
       − その通りさ。なんせ俺は、お前の10年後なんだからな。
      「何だって!?」
       俺は口に出して叫んでいた。目の前の死体の顔が、たしかに俺の顔になっている!
      「う、う、うそだ!!」
      驚きと恐怖に駆られて、俺は体を起こした。少しでも死体から遠ざかろうと、這い始める。
       − フッ、それだけの元気があれば大丈夫さ。
      パニック状態で逃げ出そうとする俺の背後から、死体は言葉を投げかけてきた。
       − あばよ、10年後を楽しみにしてるぜ……


      まぶしい光に、俺はうっすらと瞼を開けた。
      カーテンから射し込む朝日。薄汚れたベッド。
      (夢……?)
      ゆっくり起きあがって見回す。いつもと同じ、自分の部屋。
      (そういえば今日は……)
      それまですっかり忘れていたことを思いだし、机の上をかき回した。
      未開封のままほったらかしてあった、投票整理券の入った封筒を見つけると、
      俺は出掛けるための身支度を始めた。