『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


死にたくないと言うな 投稿者:あくび猫  投稿日:10月04日(月)17時12分28秒
       

      俺は死にたくなった。
      ギャンブル好きが祟って何もかも失い、
      雨に打たれながら町外れをさ迷っていた俺は、半ば自暴自棄になっていた。
      そこへ、その男が現れた。
      なんとそいつはウェスターン・スタイルで、本物の2挺拳銃を持っていた。
      頭にはバンガロー・ハット。
      口の周りはバンダナで覆面し、ブーツに付けた拍車をジャラジャラ鳴らしていた。
      「お前か、死にたい奴は?望み通りすぐ殺してやる。」
      男は、6連発のリボルバーをカラカラと回して見せた。本物だ。
      鈍い光と重量感が本物の凄みを証明していた。
      「近頃の死神はスタイルや演出に凝っているなあ。お迎えに来てくれたのか?
      早く連れてってくれ。」
      俺がそう言うと、奴は鼻先で笑った。
      「そんなんじゃない。俺様は強盗さ。」
      「ふん。強盗か・・俺から何か取る積もりか?
      俺から取れるものなんて何一つないぜ。」
      「何もないということはないだろう。」
      「ないね。貯金は家内の実家の分まで全部使い果たしたし、家も売り払った。
      家族は愛想を尽かして出ていったし、俺が死んでも悲しむ者もいやしない。
      友達もいない。
      両親はとっくに死んだし、一人っ子で兄弟もいないし、親戚もいない。
      お金は1円だって持っていないし、
      俺が借りに行ってもサラ金だって貸しちゃあくれない。
      着ている服も1週間同じ物を着ている。
      こんなの剥がして行っても雑巾にもならない。
      さあ、何を取るっていうんだ?」
      俺が開き直ると、奴は狡猾そうに笑った。
      「そういうお前でも、夢や希望の1つくらいはあるだろう」
      「ないよ」
      「そうか、じゃあ仕方がない。何も取らずに済ます訳にはいかないから、
      お前の命を貰おう。
      悪く思うなよ、そうしなきゃ、俺様の強盗としてのプライドが許さないんでね。」
      「自殺する手間が省けた。一思いにやってくれ。」
      カチッ・・・・・。
      「ど・・どうしたんだ?弾が入ってないのか?」
      不発だったので、俺は全身に冷や汗をかいた。
      男は、少しも慌てずに言った。
      「ロシアン・ルーレットだよ。弾は1個だけで、後の5発のどれかで発射する。」
      「何をするんだ?!俺の命を弄ぼうってのか?一思いにやってくれ」
      だが、俺はそう言いながらも、撃たれて死ぬのが怖くなってきた。
      「少しは命を惜しむ気持ちを持って貰わないと、殺し甲斐がない。
      大事な物を奪ったという実感が欲しいのさ。
      だから、命乞いをされてみたくて、これを思い付いた」
      カチッ・・・・・。
      「ま・・待ってくれ!本当に待ってくれ!いや、ひと思いでも嫌だ。死にたくなくなった。
死にたくない。助けてくれ。」
      俺は、本当に死ぬのが怖くなった。俺は男に頼み込んだ。
      だが、男は声を荒げて言った。
      「死にたくないって?!さっきまで死にたいと言ってた奴が、
      死にたくないって??
      死にたくないって言うな!!男なら一度決めたことを訂正するな。しね!」
      カチッ・・・・・。
      「ぎゃああ!!な・・何をするんだああっ!
      死にたくないって言ってるじゃあないか。
      弾が出たらどうするんだ。頼むよ。何でもする。
      助けてくれ。死にたくないんだよう!!」
      「黙れ!今度、死にたくないって言ったら、本当に殺す。
      死にたくないって言うな!
      死にたいと言った奴が死にたくないと言うのが、腹が立つんだ。
      違う言葉で命乞いしろ」
      カチッ・・・・・。
      「ひいーーーーーっ!!死に・・いや・・生きたい。生きていたい。
      生きていたいよーー。うう・・お願いだ。生かしてくれ。
      た・・・頼む。うっううっ・・・・」
      「泣くな!なんでお前が生きていたいんだ?
      生きていても、全てを失ったお前に何の意味があるんだ?
      実際、お前なんか命以外取るものは何にもないじゃないか?」
      「生きる希望が・・生きていたいという希望が出てきたんだよ。」
      「嘘だ。お前は、ただ死にたいから死にたいと言い、死にたくなくなったので死にたくないと言っているだけだ。
      生きる希望だと?ふん、生きてどうする?
      何かやることがあるのか?何もないだろう。」
      カチッ・・・・・。
      「ぎえええーーーーーっ!!死に・・・生きたい、生きたい。生きるチャンスをくれ!
      これが最後になってしまう。
      今度は本当に弾が出る。お・・・俺は、生きてやり直したい。
      このまま人間の屑として死ぬのは嫌だ。
      聞いてくれ。俺は、酷い男だった。
      妻や子どもに何一つ楽しい思い出を残せなかった。
      俺は、ギャンブルで儲けて大金が入れば、全部解決すると思っていた。
      だからギャンブルにのめり込んで行った。
      子どもの給食費まで馬券に変えた。
      寒い冬の日に灯油も買えずに震えている家族を見て、俺はなんとも思わなかった。
      暖かい服の1枚も買ってやれなかった。
      俺は・・大金が入れば全て解決し・・それ以外は方法はないと思っていた。
      だが、違う!俺は今わかった。
      大金が入らなくても、俺さえその気になれば、
      暖かい冬を過ごさせることだってできた筈だ。
      そして、俺は金で買えない物もあることに気が付こうとしなかった。
      優しさ・・・家族への思いやり・・・相手を敬う心・・・いたわりの言葉
      ・・・僅かな食べ物でも一緒に分け合って食べた時、
      一人占めして食べることでは・・絶対得られない満足感がある筈なんだ。
      息子とキャッチ・ボールをしたり、釣りに連れて行ったり、
      家族と海に行ったり・・・真面目に働き、人の心を忘れなければ、
      俺も家族も幸せになれる。
      俺は、やり直したい。なにか本当の物が見えてきたんだ!」
      涙で顔をくしゃくしゃにしながら、俺は訴えた。
      「言うことはそれだけか」
      「ああ・・それだけだ。今の俺は・・確かに何もないが、
      もしこれから先、生きて行ったら・・沢山のものを手に入れるだろう。
      それは、俺と家族で分かち合う幸せという宝物だ。」
      「笑わせるな!」
      カチッ・・・・。
      「・・・・・・」
      「あっ・・・うっかり、弾を全部抜いていたんだ。運の良い奴め。
      ゲーム・オーバーだよ。」
      「・・俺を殺さないのか?」
      「ああ、取るものを取ったからな。
      いいか、2度とこの2つの言葉を口にするなよ。
      死にたい・・・・と・・・・死にたくない・・・この2つをな。
      もし口にしたら・・いつでも、また現れてやる」
      男は指笛を吹いた。
      すると、漆黒の馬が何処からともなく現れ、男はそれに飛び乗ると、
      胴をを拍車で蹴った。
      「待ってくれ。取るものを取ったと言ったが・・・
      あんたは何も取ってないじゃないか」
      「お前の・・・生きる夢っていうやつを、少し分けて貰ったよ。
      いや・・少しどころか、今日の収穫は大きかったよ。
      俺様は、人を脅して無理矢理夢を出させる、夢強盗なのさ。」
      蹄の音が高く響くと、人馬はみるみる遠ざかって行った。

                              了