『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


夕食万歳! 投稿者:ブロンズ多喜  投稿日:10月10日(日)02時37分32秒
       

      ある日の夜、一人暮らしの彼女の家のテーブルには
      何時もよりも多めに料理が並べられていた。
      今日、彼女は彼氏に夕食を作ってくれるよう頼まれていた。
      「残業とかで遅くなるかもしれないけど、ちゃんと
      僕が来るまで食べないで待っててくれよ」
      そういう訳あって彼女は料理を目の前にして、
      まったく箸をつけようとはしなかった。
      「あ〜あ、遅いな、彼」出るのはため息と愚痴ばかり…。
      そして夕食を作ってから2時間が経過した。
      すっかり冷めてしまったテーブルの上の料理
      「…でも後で暖めれればいいよね」根気強く彼を待つ彼女。
      だが朝になっても彼は現れなかった。
      相変わらず彼女は料理には箸をつけない、ただ
      黙って彼が来るのを待つだけ……。
      二日目の夜、彼女は玄関のドアを見つめていた…。
      もちろん料理はそのまま、彼女は何も食べてはいない。
      (このままだったら死んじゃうかなわたし…やだな…
      まだ死にたくないよ…でもこれは彼との約束だから…)
      そんなことを思いながらも、ただ彼女はドアを
      見ているだけであった…。
      三日目の昼、豪勢に作った料理からは、もう腐敗の
      臭いしかしてこなかった。
      彼女はそんな料理を見ているともう料理の事なんか
      どうでもよくなってくる。
      いや、実際、こんな料理もうどうでもいいのだ、
      ただ彼に、いつまで待っても来ない彼に
      自分のしたことの罪の大きさを解って欲しい…
      そしてなんとしてでもそれを償って欲しい…
      彼女の頭の中にはその事しかなかった。
      四日目の夜、…玄関を開けるとそこには彼が立っている
      「…この前は行けなくて本当ゴメン。すぐにでも
      行きたかったんだけど連日残業でさ、なかなか行くに
      行けなかったんだ」
      「ううん…気にしないで」
      「…どうしたんだい…なんかだいぶやつれてるみたいだけど」
      たしかに今の私は酷い顔だった。
      ほとんど何も食べてないし、ろくに寝てもいない。
      化粧だってしているはずはない。
      「それになんだろうなこの臭い……、何かあったの」
      「さぁ、気のせいよ…きっと隣の家からでしょう。
      それより…、夕食作ってあるの、一緒に食べましょう…」
      「へぇ、夕食作ってあるんだ。じゃあ食べていこうかな」
      そして彼と一緒にテーブルに向かうが…酷い物だった。
      臭いといい形といい、もうすでに料理と呼べる物ではない…
      でも彼にはこの料理を絶対に食べてもらう…
      それが私への償いでもあるのだから…。
      そして彼は驚いた表情でこう言う。
      「これってもしかして…あの日君に作らせた料理か…?」
      その質問に私は微笑みながら答える。
      「そうよ…全部あなたの為に作ったものよ、だから必ず、
      残さずに食べてね…」
      でもきっと彼はこんな腐敗しきった料理、食べては
      くれないでしょうね。
      こんな料理、本当に食べたら、下手をすれば死んじゃうもの、
      彼だってきっと、まだ死にたくはないでしょうから…。
      でも彼はそれを断っても意味はないの。もし断ったとしても
      私自らの手で、彼に償ってもらうんだから………
      …四日目の夜に…、彼女は薄れゆく意識の中でそんな事を想像して
      いた…、実際に来るはずもない、片思いの彼を待ちながら…。
       
      以上夕食万歳でした!スタジオにお返ししま〜す!