『テーマ館』 第29回テーマ「死にたくない」


お返し待ってます。 投稿者:あくび猫  投稿日:10月17日(日)16時39分39秒
       

      いきなり枕を蹴られて俺は目覚めた。
      ・・・と思った。
      が、正確に言うと、目覚めたんではなくて・・
      つまり、それが夢の始まりだったのだ。
      枕元には、タイプZがいた。
      タイプZというのは、架空の人物だ。
      俺は、世の中で最もむかつくタイプの人間の特徴を集め、
      それで一人のキャラクターを創った。
      それが、タイプZだ。

      俺は売れないミステリー作家。
      だが、そんなことはどうだっていい。
      俺は、自分の書いたミステリーの中で、
      できるだけ多くタイプZを殺しまくりたいのだ。
      週刊誌に載せているミステリーでは1本で5人くらいは殺す。
      そのうちの一人を必ずタイプZにしてやるのだ。
      もちろん、その都度つける名前や
      職業・年齢・性別を巧みに変えている。
      何故か、タイプZを殺すと、すっきりする。
      だから、その場面だけは描写を詳しくやる。
      同じ殺しかたじゃ詰まんないから、毎回工夫する。
      すると、ぞくぞくしてくるのだ。
      編集者が言った。
      「先生のミステリーは、謎解きは単純で3流ですが、
      殺す時の描写には、なにか飽きさせないものがありますねえ」
      当たり前だ。飽きないように殺してるんだ。
      謎解きなんてどうでもいい。
      そんなのは、違う作品のアイディアをちょっとパクッって
      少し脚色すればいいんだ。
      問題は、タイプZの奴をどうやって酷い目に合わして
      芸術的に殺すかだ。

      トラウマではないが、どうもタイプZは俺が今まで会った
      誰かに少しずつ似ている。
      小学生時代に俺を苛めたあいつとあいつ。
      中学校時代にいつも俺より良い点を取っていたあいつ。
      高校時代にスポーツ万能でもてまくっていた、あいつ。
      俺のラブレターを突き返したあいつ。
      みんな、それぞれ別人なんだが、それらの特徴が合体して
      いつの間にか、俺の心の中にタイプZが実在するようになったのだ。
      身振り・癖・喋りかたなんかも、全て現実の人間から集めた物だ。
      そうやって苦心して創ったのは、殺すためだ。
      殺すなら殺し甲斐のあるキャラがいいに決まっている。
      その点でタイプZは、完璧な作品といえるのだ。

      俺は、あいつを殺さずにはいられない。
      1本の作品の中で名前を変えて2回殺したことがある。
      それくらい・・あいつを殺す快感は病み付きになるってことだ。
      そうだった。俺は今夢の中であいつと向かい合っているんだ。
      「何をするんだ?」
      私は、威圧的に言ってやった。
      作者とキャラはどっちが偉いか、立場の違いというものを
      教えておかねば・・・・。
      「それは、こっちのセリフだ」
      と、向こうはもっと威圧的な調子で反撃してきた。
      「毎回毎回、俺のことを殺しやがって!
      ったく、遣りたい放題というのは、お前のことを言うんだ」
      「そのために作ったんだから・・文句言われる筋合いはないな」
      俺は、開き直ってやった。
      こういう言い合いでは、正直な本音でぶつけた方が強いと思ったからだ。
      すると・・・少しの沈黙の後、タイプZは言った。
      「・・いいだろう。だが、こっちにも考えがある」
      俺は、吹き出したくなった。
      作者に作られたキャラクターが何を考えるって言うんだ?
      考えるのは、こっちでお前じゃない・・と言いたい。
      作り物のキャラに脳みそがあるなら、考えてみろってね。
      「まず、“ピアノ線殺人事件”・・」
      タイプZは、俺の過去の作品名を言った。
      確か・・バイクで飛ばしているあいつの首を、
      ピアノ線でちょん切ってやった作品だ。
      それが、一体どうしたって言うんだ。
      「それと・・・青酸カリによる毒殺で、2分間苦しみ悶えた、
      “コーヒーカップの謎”。車ごと潰された“クラッシャー”」
      「なんだ。なんだ?全部、俺の作品だ。それが、どうした?」
      「そうそう生きたまま冷凍庫に入れられ凍らされた、
      “粋な贈り物”もあったな。あの後、ビルの屋上から落とされて
      粉々になったんだ。」
      「だから何だって言うんだ?何を考えているんだ?」
      「お前にも同じ殺され方を味わわせてやるのさ。
      幸いここは夢の中、何度でもお前を殺せる。
      お前が、自分で考えた方法で殺されるんだ。
      こんな楽しい事はないだろう。夢といっても、
      痛みや感覚は本物そっくりにリアルにしてあるから
      迫力満点だ。まずは、ピアノ線から行こう」
      「ひゃーーーーーっ!!助けてくれーーーー」

      「先生、原稿できましたか?」
      「ああ、これが今週分だ。頼むよ」
      「でも・・・どうして、先生はミステリーを止めて
      アダルトを書き始めたんですか。なにか、心境の変化でも?」
      編集者に書き下ろしの原稿を渡しながら、俺は肩を竦めた。
      「ああ、死にたくないからね、ただ・・それだけだよ」

                         了