『テーマ館』 第27回テーマ「ドラゴン」


斯くて悪竜は朽ち倒れたり by JT 投稿者:の  投稿日:05月04日(火)09時52分38秒


     世界は誰も知らない。自身さえ未だ知り得ていない。
      一千一万の目を持つ英知の魂にも及ばぬ不吉な秘密。
      生暖かい水底に息を潜めて目覚めの時を待つ彼こそは、
      かの古えの凶竜の忌まわしき血を受け継ぎし希なる末裔にほかならぬ。
      薄明に包まれて微睡む彼の姿は、しかし無垢なる正しき人々と何ら変わらぬ。
      光射す天使の刃さえ怯ます醜悪な獣体は見られない。
      武烈なる皇帝の軍勢を絶望と恐怖の闇に覆い隠す漆黒の翼も、
      人の知る如何なる楯も鎧も砦も城も焼き尽くし溶かし尽くす紅蓮の炎も、
      天空を引き裂き、人心を狂わす呪法を操る脳髄も、今は見られぬ。
      すべての悪は、時至るその刹那に、電光石火発現する。
      これこそ、聖なる狩り人を惑わす邪悪なる進化の証。
      今、彼を竜ならしめているのは憎悪と狂気と酸臭が逆巻き渦巻く毒血のみか。
      彼こそは無数の死を解き放つ悪夢を紡ぐ大いなる最後の厄い。

      だが、如何な悪の伝説といえど永遠の裁き手の索縄を逃れることはかなわぬ。
      見よ。その奇蹟の縛めは偶然の名を借りて鋼鉄の心臓を締め付ける。
      耐え難い苦痛にのたうつ彼は、誰にも聞かれない叫びをあげて懇願する。
      彼を育む母親が、胎児 − 特に竜の胎児には致死的な − 
      過度の喫煙をやめるようにと。