『テーマ館』 第27回テーマ「ドラゴン」


ドラゴン! 投稿者:ノア  投稿日:05月20日(木)20時02分15秒

     草木も眠る丑三つ時。
      龍一は眠っていた。
      彼の寝室の囲炉裏には鍋が掛けられていた。沸いているのだろ
      う、湯気がしゅ、しゅ、と噴いている。そのおかげで夜の寒さが和
      らぎ、空気も柔らかく保たれていた。
      龍一は眠っている。
      辺りはなお暗く、囲炉裏の火を持ってしても薄暗い。

      彼は拳法家だった。
      好きな映画は「燃えよドラゴン」。死ぬ時は拳銃の弾に当たった
      ときだ、と心に決めていた。
      そして今。
      熟睡している彼に、かつてない危機が訪れようとしていた。

      奴らは黒一色の服装をしていた。窓から音も無く忍びこむ影。
      影は一つではなかった。7人。7人の刺客が龍一を狙っている。
      家の見取り図を知っているのだろう。奴らは迷わず龍一の眠る
      寝室へと忍び寄って行く。

      龍一は優れた拳法家である。たとえ眠っていても忍び寄る危機
      を敏感に察し、目覚めることが出来る。
      「ほあ?」
      少し、寝ぼけてるみたいだが。

      微かな音も立てずドアを開ける刺客たち。彼らは手練れだった。
      七人の刺客が龍一の眠るベッドの周りを囲む。そして手に持った
      鉄の棒を振りかざし…
      「ほあちゃ!」
      龍一は旋風となった。
      「なに!飛龍旋風脚だとっ!」
      解説的な悲鳴を上げて吹き飛ぶ刺客たち。まともに蹴りを食ら
      った二人はもう動けないでいた。残りの5人は警戒しつつも龍一
      の周りを囲む。その動きには無駄が無い。凄い殺気を放つ刺客
      たち。何人も殺してきたことの証である。しかし龍一は表情一つ
      変えない。彼にとって、これくらいのものは日常なのだ。
      「ほうあっ!」
      「あちょー!」
      気合とともに炸裂する龍一の手足によって、一人、また一人と
      倒れていく刺客たち。
      「くっ、ドラゴンめ!」
      思わず漏らした刺客の言葉が、龍一の動きを変えた。

      龍一は恍惚となった。
      自分のことをドラゴンと言った、ドラゴンと言ってくれた、と頭の
      中をその事だけがリフレインしている。
      もし刺客たちが拳銃を持っていれば、その銃弾の飛んで行く先
      に喜んで飛び込んだだろう。
      龍一にとって不幸なことに、そして刺客たちにとってはもっと不
      幸なことに、刺客たちは誰一人拳銃を持っていなかった。
      刺客の一人が無防備な龍一に蹴りを飛ばす。龍一は溜まらず
      吹き飛び、囲炉裏に掛けられていた鍋をひっくり返す。中の熱
      いお湯が飛び散り、龍一に掛かる。
      「あちゃ!あちゃ!あっちゃー!」
      片足立ちで飛び跳ねまわる龍一。残りのお湯がひっくり返り、
      灰神楽を立たせた。

      そのあとは一方的であった。飛龍雪崩脚、飛龍乱舞拳などを駆
      使した怒りの龍一を止められる者は誰一人いなかった。
      「ふぅぅぅぅ」
      丹田に気を静め、平静に戻る。
      ふと、部屋を見渡す。辺りには刺客が悶絶しており、鍋がひっく
      り返り、壁は破れ、灰は部屋中に飛び散り…
      「…あっちゃー」

      夜はまだ深い。