『テーマ館』 第27回テーマ「ドラゴン」


まどろみ 投稿者:ノア  投稿日:05月20日(木)20時04分51秒

     「ねえ、ゲルド?」
      若い女の声が広い洞窟の中に木霊する。女は、優しくうねる、
      磨かれた床の上に寝そべっていた。
      グルルルルゥゥ…
      野獣の唸り声をさらに低くしたならこう聞こえるだろうか、という
      太い声がそれに答えた。
      床と思っていたものが動く。さらにうねり、微かな光に照らされ
      て血の色に鈍く光り輝いた。
      ドラゴン。
      女は、まさに真紅のドラゴンの上に寝そべっていた。

      「ねえ、ゲルド。わたし、いつも思うの。冒険者って、どうしてあな
      たの洞窟に入ってくるのかしら、って。夢?一攫千金?そんな
      ものの為に死にに来るのって、ばかげてるわ」
      ゲルドは細心の注意を持って巨体を動かした。その身じろぎは
      優しかったが、女は少しだけ体を動かし、ドラゴンから落ちない
      ようにしなければならなかった。
       ゲルドの巨体の下で金貨や宝石の山が崩れる。純銀のイヤリ
      ングが黄金の坂を転げ落ち、大人のこぶしほどあるサファイア
      に当たってから瑪瑙の杯の中に飛び込んだ。
      「だってそうでしょ?命が無くなったらどんなにお金持ちに成っ
      ても使いようが無いじゃない。名声?竜殺しの名誉なんて、クソ
      食らえ、だわ!」
      ゲルドは尻尾を、少しだけ動かした。

      「ごめんなさい。下品な言葉を使ってしまって。でも!」
      女は形の良い唇を白くなるまで噛み締めた。
      「わたしには耐えられない」
      女はドラゴンの首に優しく頬擦りした。
      ゲルドは体を振るわせ、喉を鳴らした。女をいとおしむように。

      「ねえ、ゲルド。竜ってね、大切な宝を守ってるんですって」
      女は言葉を続けた。
      「宝って、何かしらね。わたし、思うの。宝って、人によって答え
      が変わってくるのかなって」
      女はうつ伏せになってドラゴンの体を優しく抱くように寝そべった。
      「強欲な者には金貨の山。名誉を求める騎士には竜殺しという
      名声。永遠の命を求める者には不老不死を授ける竜の血。
      …でもね」
      真紅の鱗に唇を寄せて。
      「わたしは分かってるわ。あなたが、守ってる本当の宝はわたし
      だ、って思ってるのを」
      ささやくように言ってから、女はハトのようなかわいいキスをした。

      地響きのような唸り声をあげる。
      「何?」
      女が飛び起きる。
      ゲルドは体を起こそうとする。
      「…冒険者なのね。また」
      女はドラゴンの巨体から身軽に飛降り、一つ伸びをした。
      その仕草は猫のようで、しなやかな肉体には生命力に満ち溢れ
      ていた。
      ドラゴンは身振りで、女に隠れるように促す。
      「分かってるわ。ちゃんと隠れます。でもその前に」
      女は素早くドラゴンに近づくと、ぎゅっとその巨体に抱きついた。
      「気をつけてね。油断なんてしないでね。冒険者なんて、ずるく
      て卑怯なんだから」
      優しいうなる声で応えるゲルド。
      「…怪我なんて、しないでね」
      女がさっと身を翻し岩陰に隠れたのを確認すると、ゲルドは再
      び正面を見据えた。
      グルルルルゥゥ…
      鼻腔からは白煙をたなびかせ、象牙のような太く鋭い牙を剥き
      出す。鋼鉄でも貫けない鱗は恐るべき力を秘めた筋肉を包み、
      名工が手掛けた板金鎧をもやすやすと引き裂く鋭い爪で大地
      を踏みしめた。
      ガルゥオーーーン!!
      心臓の弱い者ならば発作で死んでしまうような雄叫びが上がった!
      暗がりから群れ出る冒険者。
      鎧を着込んだ者が数人前に出た。
      ローブを着た男達が後ろに控える。呪文を唱え始める。
      前に出た男の構えた鋼鉄の剣が魔法によって光を放ち始めた。
      火球や電撃がゲルドを襲い始めた。
      ゲルドは大きく息を吸い込み。
      数千度にも達する火炎の息を冒険者達に浴びせかけた。