『テーマ館』 第27回テーマ「ドラゴン」


ブラッディドラゴン 投稿者:てくの  投稿日:07月05日(月)11時28分49秒

       かつて大聖堂だった建物も、今やほとんどを瓦礫に姿を変え、その面影を抜
      け落ちずに残った僅かな天窓の装飾にのみ残していた。
       抜け落ちた隙間からは灰色の空が覗いており、神々しさを纏い忘れた弱々し
      い光に混じって、冷たい涙を物言わぬ死者達の上に静かに降り注いでいた。
       部屋じゅうには硝煙の匂いがたちこめていた。床には一面に砕け散った様々
      な破片、数え切れないほどの薬莢、そして無数の屍の山。
       その屍の奥、暗がりの中に細長い銀色の弧が浮かび上がった。
       突如、そこから少し離れたところから人影が二つ飛び出して、銀色の弧が浮
      かび上がった方向へ向かって、一斉に手に持つサブマシンガンの引き金を絞る。
      「ば、化け物めぇ。死ねぇ」
       タタタタタタタ
       銀色の弧は銃撃の間を縫って、一気にその人影へと迫る。澱んだ空気の中、
      銀色に輝く細長い弧がひらり舞う。次の瞬間、
      「ぐぼぁっ!」という声にならない絶叫。次いで壁に描かれる真っ赤なアート。
      芸術作品を一通り描き終わったその作者の手からゆっくりと離れるサブマシン
      ガン。その持ち主の首筋には、銀色の刃が埋まっていた。死の間際、生涯最後
      の作品を手伝ってくれた銀色の刃の根元を見ると、そこには漆黒のコートに身
      を包んだ長髪の男が歪んだ笑みを浮かべていた。
      「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ」
      垂れ下がる前髪の向こうから覗く赤い瞳に射すくめられて、片割れを殺された
      男は照準が定まらないのをかまわずに漆黒のコートへ向けて闇雲に引き金を絞
      る。が、弾はどれも黒いコートに穴を空けることができないまま、空しく壁を
      砕く。漆黒のコートを纏った男は、既に息絶えた男の喉から刃をゆっくりと引
      きぬくと、一歩また一歩とゆっくり歩み寄る。
       タン、タン
       カチン、カチッ
      「あっ……、ああっ……」
      男は必死に引き金を絞るが、そこからはじき出される弾は既にない。
      「打ち尽くしたか」
      「た、助けてくれぇ」
       男は歪んだ笑みをたたえたまま、無言。
      「な、なあ、あんた。あんたにも慈悲ってもんがあるだろ」
       腰が抜けてしまったのか、必死に相手から逃れようともがくが、距離は縮ま
      らない。銀の刃を携えた男は、なおも無言でゆっくりと近づいてくる。
      「こ、ここは教会だ。神様が見てるんだぜ。見逃してくれよ、な」
       そこまで言ったところで、男の視界いっぱいに銀色の刃が映っていた。言葉
      を続けようともがくが、思うように声が出ない。刃の向こうには残忍な笑みと、
      銀髪の間からのぞく爬虫類を思わせるような赤い瞳。
      「私に信じる神などいない。神など、この竜で食らい尽くすまで」
       男が聞いたのは、それが最後だった。そして最後に目にしたのは、視界いっ
      ぱいに映った銀色の刃に彫られた東洋の竜が返り血を浴びながら踊る姿だった。