『テーマ館』 第27回テーマ「ドラゴン」


水守(みなもり)のドラゴン 投稿者:布施乱歩  投稿日:07月30日(金)22時34分12秒

私は この みずうみの主。一千年の昔よりこの地に住みついた。
      季節はめぐり、年月を超え、時を超え、私は この みずうみを護ってきた。
      いろいろな人間や、生き物達が このみずうみに やってきて 憩いのひとときを過ごす。
      何ごともなく 多くの年月が過ぎ 私はとても 心安らかだった。
      そう、心安らか―――。
       しかし、それは ある日しずかに 破られた。
       春の日差し まぶしく、小鳥の声が 木霊す このみずうみに かわいらしい女の子が
       その親と思われる人間に連れられてきたのだ。
       その女の子はいつも その人間に連れられてきていた。
         
      春、小鳥のさえずり、花かおる季節
      夏、うすい日差しが差し込み その日をわずかに受けた みどりの葉がうすくすけてみえ
      秋、多くの実りに 生き物達が 活気づき
      冬、全ての生き物が 息を凝らして 春を待つとき

      ・・・・、いく歳、季節が過ぎたのだろうか・・・・。
        女の子は やがて 1人で このみずうみを 訪れるようになった。
        私は 彼女の仕草や かわいい声を なぜか なつかしく、心安らぐことに気付いた。
        その日を境に 彼女が毎日訪れる 夕日のかたむく時を 心待ちにするようになった。
        彼女の声は やさしく、心に染みる。
        私は 自分がドラゴンで みずうみを見守る主である事を 時として忘れるくらい
 彼女をみつめた。
        日に日に 彼女は大きくなり 美しくなってゆく。
        うっとりと 語る彼女を見つめる。
      彼女がこない日は 考えられなくなってしまった。
      雨の降る日、深い雪の埋もれる日。
      どんな日でも 彼女は このみずうみを 訪れてくれた。
      そして 甘くささやくその声で 色々な事を語ってくれる。
      私は いつしか 自分が みずうみを護るドラゴンであることを 忘れてしまいそうになった。
      日に日に美しく、みずうみに向かって語りかけてくれる彼女の声は
      私を この上もない しあわせへと導いてくれた。
      彼女は 1日にあったことや今まであった 全ての事を語ってくれるように、
      時には笑い、時には怒り、困った顔をする。
      わたしは、その一喜一憂に、何も要らぬほど しあわせを感じていた――。

         かわいいその子は ある日突然 来なくなった。
         私は どうなったのか 心配で、
         何故こないのか、何故彼女の声、姿が見えないのか
         とても落ちつかなくなってしまった。
         毎日、毎日聞き親しんだ声、彼女がいなくなって私は今更のように
         淋しさと孤独感に襲われた。
         彼女は どこへ行ったのか・・・。
         あんなに優しく 心穏やかにしてくれる彼女は・・・。

      ある日、突然 答えはやってきた。
      彼女は 普段と違い 美しい白い服に 身を包み、
      手には 花束を持って やって来た。
      そして みずうみに向かって 大きな声でさけんだ。
        「みずうみのドラゴン、みずうみの主。私はこの時をまってました。
         どんなに 待ってた事でしょう、私はやっとみつけました。
         色んな所、時代に 生まれ変わり、あなたを探し、
         やっとあなたを見つけた。私です。
         私です――――。」
       そういうと彼女は 花束をみずうみに浮かべた。
       その花束は しずかに 私の側に流れてくる。
       私は 何が始まったのか わからなかった。
      「聖なるあなた。私はやっと 見つけました。
      あの戦で 傷つき、死にゆく私を 天に返し―――、私はやっと 戻ってまいりました。
聖ドラゴン、リシュール、私を思いだしませんか?」
      私は ただただ 彼女を見つめているだけだった。
      リシュール。それは 昔 私がレジーナを失い、孤独のこころの隙間を埋める事が出来ず、
このみずうみに身を投げ出す前の 人間であった頃の名・・・。
      では 君はあの レジ−ナ? 私のレジ−ナ?!
       私は 全てが うそだと思い、全てが 本当だと 思った。
       彼女は私の所へ 戻ってきてくれたのか?!
       それで、懐かしく おだやかに 彼女の一言一句に こころ躍らせ過ごせたというのか?
        幾千年の月日を経て 何度生まれ変わってきたのだろう。
        やっと 私のもとへ 帰って来てくれたのか・・・。
       
      その時、ドラゴンであった私の姿は 全ての闇を照らし出すように光り輝き
      しずかに人の姿を とってゆく――。
      私は 彼女のもとへと こころ急ぐ。
      幾千年の時を経て――――