第64回テーマ館「竜」



竜を見たか しのす [2007/03/09 22:47:50]


 パソコンでネットサーフィンしていると、ノックの音がして、

ドアの向こうから父親が顔をのぞかせた。
 いつも書斎でパソコンに向かっている父親が、

わざわざ僕の部屋に来るなんて一年に数度のことだった。
 「おい、これ」
 父親は、ドアの隙間から本を3冊差し出した。
 3冊の本を受け取り、
 「これ、何だよ」ときくと、
 「誕生プレゼント。お前、サイン本、集めてるんだろ」
 「えっ、ほんと」
 一番上になっている本を見てみると、村上龍の『69シックスティーナイン』だった。
 僕は本の表紙を開いた。

  そこにはちょっと汚い字で
 「村上竜」

と横書きで書かれていた。

 ん、村上竜?

 村上龍の間違いでは?
 「え、竜って字、違ってるよ」

 そう指摘すると、父は笑って
 「そうか、そういうサインもあるんじゃないのか」

と言った。
 僕は納得がいかなかったが、次の本を見る。
 伊坂幸太郎の『砂漠』だった。
 僕の大好きな本だ。
 表紙を開くと、


  そこにはやはり汚い字で
 「いささか幸太朗」

と横書きで書かれていた。
 「いささか?」僕はあきれた。

「いささかさんって、サ○エさんかよ」
 「いささか間違ったってところかな。

シャレがわかる作家だな」
 おいおい。
 僕はこれは父親のいたずらではないか

と悩みながらも最後の本を見た。


 それは覆面作家の村総一朗の『邪馬壱国はどうでっか』だった。
 扉を開くと、やはり汚い字で

   「村総一朗」と縦書きに書かれていた。
 覆面作家だけに、村のサイン本は

なかなか手に入らなかった。
 「でも、これも偽物かも」

 そう言うと父親は自信に満ちた顔で、
 「これもって、これは命かけて本物だぞ」
 じゃあ、他は偽物なんじゃん。


 僕はパソコンに向き直ると、ネットで「村総一朗」「サイン本」で検索した。
 すると画像でヒットしたのが、2件。
 クリックして見ると、どうやら父親からもらったサインと同じ物らしい。
 「お父さん、これだけは本物らしいよ。どこで買ったの」
 「それは秘密。ハッピーバースデー」
 そう言って出て行こうとする父親の背中を見て、

僕の頭の中で、文字と顔と言葉とがフラッシュパックした。

 村上竜の「村」の字。
 幸太朗の「朗」の字。
 村総一朗の「村」「朗」の字。
 いつも書斎でパソコンに向かっている父親。

 自信満々の父親の顔。
 「これは命かけて本物だぞ」
    「命かけて本物だぞ」
        「本物だぞ」

 「えっ、もしかして村総一朗って」

言いかける僕に、父親はにやりと笑って手を振ると、ドアをしめた。



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